鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

経験を言語化していく事の重要性

みなさんこんばんはスキッパーです。来て頂きありがとうございます。前回の記事「精神年齢の成長が小3で止まるとは?②」の続きを書かせて頂きます。



前回は「精神年齢の成長が小3で止まるとは?」というお話でしたね〜。自分の場合学校での経験が小3から蓄積していっておらず、特に人への興味の無さから社会性の成長が小3からストップしていた、と。「社会性の成長」で思うのが、学校生活において人間関係で失敗してしまう事って誰でもあると思うんですよ。失言して誰かを怒らせてしまったりだとか、空気を読めない発言をして浮いてしまったりだとか、色々あると思います。自分は思うのですが、その失敗を失敗として心の傷にしてしまうのか、逆にその失敗を糧としてその後の人間関係に生かしていくか、その分岐点は「言語化」にあるのではないでしょうか?



どういう事かと言いますと、そういう人間関係での失敗は誰かに喋って言語化する事で、何が原因でその失敗が発生したのか、分析する事が重要だと思うんですよ。分析し、自分のどこが悪かったのか、はたまた相手にも悪い所はなかったのか責任の所在を明らかにする。そして自分の悪かった所は改善する。また、言語化する事のもう一つの重要な機能は(先程の分析機能よりこちらの方が重要だと思います。)、言語化していく事でその失敗してしまった時のネガティブな感情を徐々に減らしていくことができる事。



この機能は大きいですよね〜。学校生活を送っていく中で経験する悲しかったり、ムカついたり、情けなかったりする感情。はたまた逆に嬉しかったり、楽しかったりする感情。このような様々な感情は言語化して外に吐き出し、消化する事が何より重要だと思うのです。



ここで自分の話をさせて貰いますと、自分は学校生活における様々な経験を一切言語化する事なく、小、中、高、大と過ごしてきました。その結果自分の経験は一切蓄積していかず、周りとどんどんコミュニケーションが取れなくなっていった訳ですが、大学3年の時にとうとう大学生活に行き詰まり、大学のカウンセリングセンターを訪ねたんですね。



そこでカウンセラーの先生と一対一で話し始めたのですが、当時大学生活に行き詰まり、心を開ける友達もおらず、鬱が悪化していた自分には、自分の前に自分の話しを聞いてくれようとする大人が目の前に現れてくれた事が余りにも衝撃的で、初日の1時間はず〜っと喋る事なく泣いていましたw「え?こんな風に安心して喋れる場所がこの世の中にあったなんて信じられないΣ(゚д゚lll)」みたいな感じでしたねぇ。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m



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