鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

大人の目が届かないエアポケットな生育環境

みなさんこんばんはスキッパーです。見に来て下さりありがとうございます。もし初めてこのブログに来た頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「昨晩の記事を書いて情けない気持ちになった事」の続きを書かせて頂きます。



前回は3〜4歳の頃の記憶を書いてみたら情けなくなったという話でしたね〜。さてさて、そんな感じで3〜4歳の頃の事件のせいで自分は親に対して感情表現をする事を辞めてしまった、と。そういえば今回の話の流れって「子供を自分のような社会不適合者にしない為には親はどのように子育てをすれば良いのか?」というテーマから始まっていましたよね。まぁ「子育て」と言うと自分子育てした事ないんでテーマに無理がある感じがしますので、テーマを「子供を自分のような社会不適合者にしない為にはどのような家庭環境が望ましいのか」に修正しようと思います。んで最初に自分が思ったのが「父親と母親に仲良くして欲しかった」という事だったのですが、その流れで言うと「親が子供に対して目を向けるだけの余裕があるのか」も重要な気がしますね。



もちろん親が余裕を持てるのかどうかには夫婦仲が大きく関わってくると思うのですが、それ以外にも周りに親が子育ての事で頼れる人がいるのかどうかも重要な気がします。自分の家庭で言うと、自分の両親は二人とも九州出身で結婚して上京しましたから、周りに頼れる親類縁者はいなかったんですね。これが例えば自分の家の近くに母親方のおばぁちゃんが住んでいるような状況だったら、状況はかなり変わったと思うんです。母親と祖母は仲良かったですから、近くに住んでいれば母親は何かと祖母を頼りにする事ができたと思う。しかし、実際には周りに頼れるような親類縁者はいませんでしたし、それどころか夫にも気を遣わなければならない状況でしたので、妹が産まれて以降の母親は父親と妹の世話でいっぱいいっぱいで、自分の面倒を見てくれる大人は自分の周りに誰もいない状況になってしまった。



自分の3歳以降の生育環境は周りに自分の事を見てくれる大人がいない「エアポケット」みたいな場所に落ちてしまっていた印象なんですよね〜。



周りに自分の事を見てくれる大人がいなければ、喋ったって仕方がないですから、感情表現を辞めてしまった、と。




今日はここで失礼します。最後まで見て頂きありがとうございましたm(_ _)m





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