鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

空手部とコミュニケーション能力

みなさんこんばんはスキッパーです。見に来て下さりありがとうございますm(_ _)mもし初めてこのブログに来た頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「空手部の優しい先輩達」の続きを書かせて頂きます。



前回は人間サンドバッグの恐怖で自分の鬱が酷くなった原因は、A先輩の厳しさにあったのではなく、自分自身のコミュニケーション能力の無さにあった、という話でしたね〜。そう、15年前人間サンドバックにまつわるエピソードを書き出してみて思ったのが、「人間サンドバッグの練習って自分にとっては鬱が3倍酷くなるくらい辛い練習だった訳だけど、同じ練習をしていた周りの人達はどう感じていたのだろう?」という事だったんですね。そして優しい先輩達の事を思い出してみると、「あれ?あの先輩達も同じ練習をしていたはずなのに何故にあんなに明るかったんだ?」となり、最終的には「なるほど、コミュニケーション能力の差だったんだな」と結論が出た、と。



そうやって結論が出るとA先輩に対する許せない気持ちはあっという間になくなっていきました。「あぁなるほど、全ては自分自身に責任があったのだ」、と。しかし一方では、そうやって結論が出てみると、「あの空手部の3年間は本来ならとても貴重な経験ができる可能性のある3年間だったのに、その3年間を自分はドブに捨ててしまったんだな」とも感じました。



どういう事かというと、そうやって空手部を引退して6年後に当時の思い出をノートに書き出してみると、「あの頃の自分は優しい先輩達に色々と可愛がって貰っていて、有り難い環境だったんだなぁ」と感じる事ができたのですが、これ実際に空手部の現役でいた頃の自分は全く違いましたからね。当時の自分は人間サンドバッグの恐怖にただひたすら怯えまくっていましたから、そのような先輩達の配慮や気遣いや優しさに気付くような余裕は全くありませんでしたし、それどころか、この優しい先輩達にもA先輩同様「死刑執行人」のような印象を持っていました。



もし仮に当時の自分にコミュニケーション能力があり、この優しい先輩達に人間サンドバッグの恐怖について相談できていたなら、先輩達は喜んで相談に乗ってくれてたと思うんですよ。そして、恐怖感を理解してくれ、良いアドバイスをくれた事でしょう。そして、それにより自分は人間サンドバッグの恐怖を乗り越え、先輩達との絆が生まれ、充実した空手部時代を送れたかもしれない。それを考えるとなんとも勿体無い事をした気持ちになりました。また、それは先輩との関係だけでなく、同期との関係にも言えます。自分が空手部に入部した当時、周りには同期が3人いたのですが、その同期とも自分はコミュニケーションが取る事ができず、彼らと良い関係を築く事はできませんでした。そして同期は一人減り二人減り、最終的に残ったのは自分ともう一人の同期だったのですが、このもう一人の同期がとても優しい友達でそれはとても助かりました。まぁ「友達」と言っても当時の自分は人間サンドバッグの恐怖でメンタルがボロボロでしたから、そのもう一人の同期の優しさに精神的におんぶに抱っこ状態で、とてもじゃないけど「友達」と呼べるような対等な立場ではなかったんですけどね。「友達」というより、「看護する人」「看護される人」って感じ。



なんというか思い返してみると、空手部の3年間って先輩や同期や後輩と仲良くなったり、空手が上達する事で自分に自信が持てたり、いわゆる「キラキラした青春時代」を送れる可能性があった時間だったと思うんですよ。自分にも人並みの青春時代を過ごせる環境はあった。しかし、実際には自分はその環境をドブに捨ててしまっていたのですから、なんとも悲しいものがありました。



まぁ振り返ってみると、それは何も大学時代の話に限らないんですけどね。そうやって自分のコミュニケーション能力の無さから環境と時間をドブに捨ててしまったパターンは高校時代、中学時代にもありましたから。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m



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