皆さんこんばんはスキッパーです!見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「「いい子」で育つ事のリスクと就職活動を諦めるまでの経緯」の続きを書かせて頂きます。
前回の記事は「自分が中学、高校時代に反抗期が全くなかった」という話と、「大学3年でカウンセリングを受け始めて自我が目覚め、就職を諦めた」という話でしたね〜。今から思うと「新卒での就職を諦める」ってすごいもったい事をしてますよね。自分が所属していた空手部の先輩達はそれこそキー局のテレビ局や銀行や有名ゲーム会社などの大手企業に就職していきましたから、自分にもそれらの企業に就職できるチャンスはあった訳ですよ。しかし自分はその人生でのたった1度の新卒での就職チャンスをいともあっさり捨ててしまった。自分は大学時代にも友達が0でしたから、就職活動を諦めるかどうかの相談をできる友達など1人もいません。よってその人生で1度きりの「新卒での就職切符」を捨てる事がいかにもったいない事なのかを教えてくれる友達もいなかったのです。
また、自分の心身は鬱でボロボロで先の事を考える余裕などなかったですから、就職活動をやめてこの先どうするかという展望も全くなかったですね。自分はゼミに入ってから3ヵ月で周りの同級生とのネガティブな大きな違いを感じ、ゼミを辞める事になったのですが、ゼミを辞めた時点で「あぁこれで就職活動は無理だな」と感じ、就職活動も同時に諦ました。その時の自分は居心地悪過ぎるゼミや就職活動から解放され、けっこうな安堵感を感じたと思います。しかし、「就職活動を辞めてしまって自分のこの先の人生どうなってしまうのか?」という不安などは一切なかった。ホントあの頃は先の事など全く考えず、場当たり的に動いてましたねぇ。ちなみに仮定の話なのですが、「もし仮に自分が空手部で充実した3年間を送れ、問題なく就職活動ができて大手企業に就職でき、そして順調に出世できていたら、今頃累計でどれくらい稼げてただろう?」と考えるとたまに気が狂いそうになる時がありますwそこにはえげつない金銭的ロスが発生してますから。
さてさて、そんな感じで自分はゼミを辞め、就職活動を諦めた訳ですが、この事に関して親に相談した記憶は一切ありません。まぁもともと小、中、高、大、と自分が親に学校生活で起きた出来事を喋る事は皆無でしたから、それも当然の流れと言えるでしょう。もっと時間を遡れば、そもそも自分は物心ついた3歳の時点で親や周りの大人達に対してコミュニケーションを諦めていましたからね。しかし、大学3年でカウンセリングを受け始めてからというもの、その自分の親への「諦め」に変化が生じます。そう、前回の記事に書かせて貰いました通り、カウンセリングを受け始めた事で自分の中に自我が目覚め、自分の育った家庭環境への疑問が生じ始めたのですが、そこから親に対して批判的な思いが膨らんでいきます。いわゆる「遅れてきた反抗期」です。通常の反抗期は中学、高校くらいで終わると思いますが、自分の反抗期は遅れてきただけあってタチが悪く、そこから20年以上に渡って続く事にw
あの頃親の何に対してムカついてたかなぁと思い出してみますと、まず母親が自分の部屋を勝手に入って掃除する事にムカついてましたね。そうそう、母親が勝手に自分の部屋に入って掃除しちゃう訳ですが、そうすると隠してたエロ本を見つけてしまうんですよ。んで母親は何故かその見つけたやつを自分の勉強机の上に並べちゃう。んで大学から帰ってきた自分がそれを見つけ発狂、とw
今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m