鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

再びカウンセリングへ(2000年2月頃)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「 パチンコⅡ期終了(2000年2月頃)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は自分がパチンコで稼ぐ気力が無くなったって話でしたね〜。あれが2000年の2月頃の話になります。そうそう、以前の記事で1999年の秋頃、自分が体育の授業を待っている際「あぁ2つ目の大学での大学生活も失敗したのだ」と気付き、その直後から自分は再びパチンコにハマってしまったという話をさせて貰いました。( 手品サークルを辞めた後の話(1999年4月〜11月) )あのパチンコは完全に現実逃避の為のパチンコだったなという気がします。「2つ目の大学の大学生活も失敗してしまった」という現実から目を背ける為のパチンコ。実際パチンコで稼いでる時はパチンコに夢中でそういう現実の辛さは全く忘れる事ができました。しかし、3ヵ月もするとパチンコで稼ぐ気力はなくなり、自分は「2つ目の大学での大学生活も失敗してしまった」という現実に再び直面する事になってしまった。なんかもう自分の中ではその事実に気付いた1999年の秋頃の時点で「こりゃ来年は休学だな」と考えていた記憶です。もう自分には大学生活を続ける気力はこれっぽっちも残っていませんでした。そして、この時もう一つ思った事がありまして、それは「またカウンセリングを受け始めよう」という事です。




そう、自分は1つ目の大学でカウンセリングに出会い、そこで2年間カウンセリングを受け続けた訳ですが、2つ目の大学に移ってからはカウンセリングを受けていなかったんですね。入学当初はまさか2つ目の大学の大学生活も失敗するとは思っていませんでしたから、2つ目の大学でカウンセリングを受けようとは全く考えておらず、むしろ「1つ目の大学でカウンセリングは卒業だ!」くらいに思っていました。しかし、2つ目の大学生活が10ヵ月程経ち、再び大学生活に失敗してしまった事が明白となった今となっては再びカウンセリングを受けるしか選択肢は無くなっていました。というか、2つ目の大学に通っている最中、自分は周りの学生と上手くコミュニケーションが取れずとても落ち込む事が何度も何度もあったのですが、そういう時1つ目の大学のカウンセリングルームが懐かしくなり、1つ目の大学まで行ってしまう事もあったんですよ。(1つ目と2つ目の大学は駅2つ分くらいの距離にありました。)もちろん1つ目の大学は中退しているので行ったってカウンセリングを受ける事はできないのですが、それでも懐かしくてカウンセリングルームの近くまで行ってしまったんですね。ですから1つ目の大学を中退後「カウンセリングはもう卒業だ!」と、強がる気持ちもありましたが、2つ目の大学の大学生活で人間関係の失敗が続いて行くにつれ、カウンセリングへの想いは強くなっていきました。そして大学生活の失敗が明白になった1999年の秋頃の時点で再びカウンセリングに行く事を決めたのです。



とは言ってもその頃から自分はパチンコで稼ぐのに忙しくなりましたから、すぐにはカウンセリングには行けず、再びカウンセリングに行き始めたのはパチンコ熱が落ち着いた2000年の2月頃だったと思います。幸いな事に2つ目の大学にもカウンセリングセンターがありまして、そこで再び自分は週1回カウンセリングを受ける事になりました。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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