鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

1店舗目の古本屋の雰囲気がゆるゆるだった話(2003年4月・27歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「6度目の大学休学を親に言う(2003年3月)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は自分が6度目の大学休学の話を親にしたって話でしたね〜。ここら辺からいよいよ自分の人生が煮詰まっていきます。そう、時間の流れとしましては、


2002年4月 5度目の大学休学開始&2店舗目の古本屋で働き出す

2003年3月 2店舗目の古本屋を辞める

2003年4月 6度目の大学休学開始&1店舗目の古本屋のバイトがメインに


という感じです。そうそう、自分にとって「2店舗目の古本屋を辞める」という事は「『店長の下で働いたら自分のコミュニケーション能力も上がるのでは?』作戦が大失敗」という事でしたからね。そうすると必然的に大学への復学も失敗という感じです。2年前の大学の和楽器サークルを辞めた際の酷いコミュニケーション能力は、2店舗目の古本屋バイトを経て、当時より上がるどころかさらに下がってしまった感じでしたからね。ですから必然的に大学に戻れる訳もなく、6度目の大学休学確定、という感じでした。しかし、自分は2店舗目の古本屋を辞める際、店長にバイトを辞める理由を「次の4月から大学に復学するからバイトする余裕が無くなってしまった」って説明したんですよ。そう、これはもう真っ赤な嘘でして、実際には自分は大学に復学する気はサラサラ無かったのですが、バイトを辞める理由として店長を納得させられる理由がそれくらいしか思い浮かばなかったのです。本当の辞める理由は「店長と一緒に仕事をするのが怖くて怖くて仕方が無いし、体調もしんどくて仕方がない」だったのですが、それをそのまま店長に言えるはずもなく、そのような嘘をついて2店舗目の古本屋を辞めました。




さて、2店舗目の古本屋を辞めた後、自分は1店舗目の古本屋で週1〜2回働き始めました。この1店舗目の古本屋さんは先程の店長のお母さんが取り仕切っている古本屋さんでして、この店長のお母さんが1店舗目の古本屋を作ったんですね。そして1店舗目の古本屋の売り上げが良かったものですから、その資金で2店舗目の古本屋を出店し、そして息子である店長を北海道から呼び戻して2店舗目の店長を任せた、という経緯になります。バイト達の間ではこの店長のお母さんの事を「社長」と呼んでいましたので、以降「社長」と書かせて貰います。そんな訳で1店舗目の古本屋はこの社長が取り仕切っていたのですが、社長のこの「古本屋」という仕事に対するスタンスは、店長に比べるとかなりのんびりとしていたんですよ。そう、社長は当時50歳くらいの女性で、旦那さんの稼ぎがすでにあるにも関わらず自分の貯金で古本屋を開き、そこでさらに充分な利益を出していましたから、そんなに古本屋の売り上げに対してガツガツしていませんでした。いわば趣味で開いたお店がたまたま上手く行ってしまった的な感じです。ですから自分が1店舗目のお店で働いている時にこの社長から怒られたり、ダメ出しを受けたりされた記憶は全くありません。社長はお客さんにも従業員にも気さくに声を掛ける明るい人で、家事をやりつつ古本屋を経営しているエネルギッシュな人でもありました。そして、古本屋の経営に関して大らかなでした。ですから1店舗目の古本屋は最低限の仕事さえしていればOKで、残りの時間はレジ前に座ってマンガを読んでいても大丈夫という緩さがあったんですね。仕事時間の6時間の内その気になれば4時間くらいは漫画を読める環境でした。




また、このバイトの仕事内容はといえば、「基本1人でお店にいて、古マンガの買取や品出しや掃除をしたり、レジ打ちをする」というものでしたから、お客さん以外とのコミュニケーションが少なく、そこが自分的には良い部分でした。しかし、たまには他のバイトと一緒に仕事をする事もありました。その古本屋にはバイトが2人いまして、2人ともフリーターの男性で、1人がプラモデルオタクで1人が古マンガオタクという非リア充的な雰囲気がバリバリな同年代の2人でした。そしてもちろん自分も大学を2つ中退しかけている、非リア中の非リアでしたから、彼らとは気が合う部分があり、たまに一緒に働く事があっても彼らとのコミュニケーションがしんどいという感じはそんなにありませんでした。特に古マンガオタクの男性は自分より3つくらい年上で、古本屋のバイト歴も自分より全然長く、ある意味自分とは「先輩」「後輩」みたいな関係で、とても喋りやすい関係でありました。2人とも2店舗目の店長との関係が上手く行っていませんでしたから、店長に対する愚痴みたいのをよく喋っていた記憶もあります。




そう、ですからこの1店舗目の古本屋は当時の自分が想像し得るバイトの中で、最も仕事量が少なく、最もコミュニケーション量も少ない、超ゆるゆるのバイトだったのです。そして居心地も悪くなかった。ですから、重度の鬱で、心身ズタボロで、コミュニケーション能力皆無の自分でもなんとかこなせていました。そして自分はこの緩い1店舗目のバイトを続けていくうちに大学復学への道筋が見えてくればいいな、と思っていました。まぁでもこれまで自分は大学生活及び大学復学に散々失敗してきましたから、今回はもうそんなに強くは願っていませんでしたね。2つ目の大学の休学期間も気付けば2年半になっていましたから「もうこれは大学復学は無理かもしれねぇな」という気持ちも心のどこかにあったような気がします。





ちなみに以前の記事で、現在でも自分がこの社長と交流があるという話をさせて貰いましたが、昨日その社長の家に家庭菜園をやりに行ってきました。3週間ぶりに行ってみると昨年自分が撒いたネモフィラが今年も綺麗に咲いていまして、今年の桜はコロナで気持ちが暗くなっているせいか、あまり綺麗に思えなかったのですが、社長んちのネモフィラはとても綺麗でしたね。


今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m




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