鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

〜自分と妹の人生の共通点〜尿管結石発症までの精神的経緯⑤

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「〜巨大化していく母親への憎しみ〜尿管結石発症までの精神的経緯④」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は自分の母親に対する憎しみがどんどん巨大化していったという話でしたね。ここで前回の記事を訂正させて頂きたいと思います。前回の記事の中で、うちの母親がうちの父親がかかりつけの整体師に余りにも傾倒しているものだから、「2人は恋愛関係や肉体関係にあるのでは?」と疑っていたという話をさせて頂きました。でですね、この記事を読んだ妹がこの表現に違和感を覚えまして話し合ったんですよ。妹が言うには、うちの母親が疑っていたのはうちの父親がその整体師に「洗脳」されているという可能性でして、「恋愛関係」や「肉体関係」まで疑っていたのは、当時の妹だったという話でした。まぁ自分的には当時母親の口から「恋愛関係」や「肉体関係」を疑う言葉は出てきていた記憶でして、それでその支離滅裂さ加減に頭がおかしくなりそうだったのですが、その発想は母親自身からではなく、妹に影響されて出た言葉であろう、という話でした。確かに当時うちの母親と妹はかなりべったりな関係でしたから、うちの母親が妹に影響されてそういう事を言い出した可能性は高いと思います。細かい話で申し訳無いのですが、訂正させて頂きます。




さて話は戻りまして、自分の母親に対する憎しみがどんどん巨大化していったという話でしたね。そしてそれは自分と妹との関係にも悪影響を及ぼしていきました。以前にも書かせて貰いましたが、2001年4月に自分は2つ目の大学を休学しまして、そこからの1年間は妹と過ごす時間がすごくあったんですね。( 休学中妹と過ごした話(2000年4月〜2001年3月) )その1年間は自分の人生にしては珍しく、孤独感や絶望感を感じる頻度が少ない1年間でした。ちょっとここで最近記事に書いてる内容を時系列に並べさせて頂きます。


1997年4月 1つ目の大学でカウンセリングを受け始める&自我が目覚め母親との関係悪化開始(21歳)

1999年4月 1つ目の大学を中退し、2つ目の大学に入り直し(23歳)

1999年夏頃 母親が父親と整体師の関係が「洗脳関係」にあると疑い、精神的におかしくなる。

2000年4月 2つ目の大学を1年間休学し、妹とグダグダ過ごす(24歳、妹21歳)

2001年4月 2つ目の大学に復学し和楽器サークルに入るも、3ヶ月で挫折(25歳)


という流れになります。そう、自分は2000年の4月から1つ目の大学を1年間休学したのですが、その1年間は自分の人生の中では珍しくメンタルが落ち着いた1年だったのです。もちろん、その間も母親は父親の洗脳を疑い、半狂乱になっていましたから、その母親の毒を受け、こちらのメンタルが消耗する事も多々ありました。ただその毒は妹と一緒に過ごす事で中和される部分もあった印象です。あの時期はちょうど妹も家に引きこもっている時期でしたから、妹と一緒にテレビを見たり、ゲームをしたりする時間がとても多い1年間でした。起きてる時間の半分くらいは一緒にいた印象です。その中で自分と妹は、この我が家の10年以上に渡る戦争状態について語り合う事もあったように思います。そして、その中でこの長年の戦争状態はとても異常であり、その悪影響が自分や妹の人生に降りかかっている、という話もした記憶です。妹もまた自分と同様にままならない人生を送っていましたからね。要するに自分と妹はいつまで経っても喧嘩を辞めない母親や父親の悪口を言い合い、それで憂さ晴らしをしていたという事です。それはこれまでカウンセリング以外の場ではまともに他人とコミュニケーションが取れた経験の無い自分にとって、初めての手応えのあるコミュニケーションだったと思います。




そうそう、自分の記憶の中ではこの1年間以前に妹と交流した記憶はほぼ無いのですが、妹が言うには自分達が小学生の頃、自分と妹は2人でよく遊んでいたそうなんですよ。自分と妹は3歳差なのですが、なんかファミコンとかローラースケートとかで一緒によく遊んでいたそうで、妹は自分にけっこう懐いてくれていたそうなのです。ただ自分の中にはその記憶が全く残っていません。そして中学以降自分と妹の関係は疎遠になっていきました。先程「妹もまた自分と同様にままならない人生を送っていました」と書きましたが、妹の人生もまた我が家の闇の影響を受け、大きく狂っていきました。ここで妹の人生の主な出来事を時系列順に書いていきたいと思います。


中学2年生頃 アトピー発症

高校2年生 恋愛依存で脱線する

20歳 大学受験に失敗する

21歳 アトピーが悪化し外に出れなくなり、自分と過ごす


注目して頂きたいのが「アトピー」です。そう、自分の思春期は喘息の苦しさと共にあったのですが、妹にはアトピーが発症し、彼女を苦しめ続けたのです。我が家の闇の影響をモロに受けた自分と妹が、喘息とアトピーという「アレルギー症状」に苦しめられる事になったというのは、偶然の産物では無いと思っています。妹と一緒に過ごした時期の妹のアトピーはホントに酷く、顔の肌は赤く腫れ、皮膚はボロボロになっていました。いつも手首や首などアトピーが出る場所には包帯を巻いていた記憶です。それは「脱ステロイド」を試みた結果だという話でした。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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