鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

格闘技好きのJ君との思い出(2003年頃・27歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「父親との思い出(2003年頃・27歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が父親にご飯に連れて行って貰うものの、段々と嫌気がさしてきたって話でしたね。車中での父親との話が余りにも虚しいものでしたから、自分は父親とのコミュニケーション自体が嫌になってきていました。そして、その頃起こったとある出来事がダメ押しになり、自分は父親と一切コミュニケーションを取らなくなってしまったのです。ある日自分はTVで格闘技の「K-1 MAX」を見ていました。自分は高校時代くらいからプロレスや格闘技が好きだったんですね。幼い頃から自分は喘息っ子でメンタルも弱々でしたから、格闘家やプロレスラーの肉体的、精神的な強さに強く憧れを抱いていました。それが高じて1つ目の大学では空手部に入ったのですが、そこでの練習が自分には余りにも厳しく、そのせいでさらに鬱が酷くなったのはこれまでの記事の通りです。そんな感じで空手部の3年間は散々な結果に終わりましたが、プロレスや格闘技好きはそれからも変わりませんでした。そうそう、話は一旦脱線しますが、自分が小学校、中学、高校、大学と友達が一切作れなかったという話はこれまでもしてきていますが、1つ目の大学に通っている頃から、1年に2〜3回プロレスや格闘技を一緒に見に行く友達が出来たんですね。自分にとって生まれて初めての友達と言っていいと思います。彼の名前はJ君と言いまして、同じ中学に通う同級生でした。また、同じ高校にも進学しましたね。しかし、中学、高校時代の彼とはコミュニケーションはほとんどなく、多少面識があるくらいの関係でした。ところが大学1年生の頃、共通の知り合いをきっかけにお互いプロレス・格闘技好きな事が判明しまして、そこから急速に仲良くなっていきました。J君は大学が東北の方でしたから、夏休みや冬休みに神奈川に帰省した際、一緒にプロレス・格闘技を見に行くって感じでしたね。ですから、自分は1つ目、2つ目の大学と大学内には全く友達を作れませんでしたが、このJ君とは1年に1〜3回会い、格闘技・プロレスを一緒に見に行く関係が続いていました。




最初に見に行ったプロレスはJ君が好きだった「パンクラス」って団体でしたね。後楽園ホールで見た記憶があります。そこから2〜3年の間を置いて、次に見に行ったのが自分のリクエストで「全日本プロレス」。日本武道館での大会で、大きい馬場さんの姿をグッズ売り場で見て驚きました。ここら辺くらいから格闘技ブームが起こりまして、自分とJ君は格闘技も好きでしたから、「K-1」や「PRIDE」をよく一緒に見に行ったものです。3ヶ月に1回のペースで東京ドームや埼玉アリーナに通っている時代もありましたし、特に印象に残っている興行が、2002年8月に国立競技場で行われた「Dynamite!」。このイベントは普段はライバル団体である「PRIDE」と「K-1」が協力して行った、格闘技のお祭り的イベントでして、桜庭、ミルコ、ノゲイラと言った「PRIDE」「K-1」のスター選手が沢山出場していました。そして、イベントの中盤アントニオ猪木がヘリコプターで登場し、そこからスカイダイビングで夜の国立競技場に降りてきたのには度肝を抜かれましたw国立競技場にはお客さんが9万人ほど入っていたと思いますが、スカイダイビングで降り立つアントニオ猪木の姿を見て大盛り上がり。あれは真夏の夜の夢って感じの超楽しいイベントでしたねぇ。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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