鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

父親とのコミュニケーションが断絶(2003年8月頃・27歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「 K-1・魔裟斗選手の思い出(2003年頃・27歳) 」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、K-1 MAXの魔裟斗選手に対して自分が全く感情移入出来なかったって話でしたね。感情移入出来なかったどころか、反感すら感じていたような気がします。K-1 MAXで優勝する前から魔裟斗選手はスター選手であり、K-1 MAXの主役でしたからね。イケメンで元暴走族総長でイケイケで超モテそうで、スポットライト浴びまくっている魔裟斗選手の存在が自分は嫌いでした。こういう感情って、プロレスやK-1やPRIDEを見ている時には全く無かったんですけどね〜。あれはK-1 MAXを見ている時だけ感じる感情でした。思うにK-1やPRIDEは外国人選手が活躍していましたから、自分が外国人に対してスクールカースト的なコンプレックスを抱く事はありませんでした。また、プロレスは日本人が主役でしたが、いわゆる「不良」で「イケメン」的な売り方をしている選手はいなかった記憶です。そう、たぶん「K-1 MAX」は女性ファンを獲得しようとしていたのだと思います。ですから、魔裟斗選手のそういうモテそうな部分をクローズアップしていたのでしょう。それに対して自分は、彼女どころか女友達すらいない人生を送っていましたから、ムカついてしまった訳です。



さて、そんな感じでそもそも自分はK-1魔裟斗選手が嫌いでした。そんな魔裟斗選手がK-1 MAXで優勝してしまいましたから、さぁ大変です。自分はかなりムカついてしまいまして、ムカつきのあまり父親にその感情を言ってみたんですね。その時父親もK-1 MAXを見ていましたから、自分は「こんなモテそうな選手が優勝して、ますますモテるのはムカついて仕方が無い」みたいな事を言いました。そしたら父親は例のごとく「そうか?別にいいじゃないか」的な薄〜いリアクションを返してきたんですよ。それを見た自分は「あぁやっぱり親父ってこんな感じなんだな」とがっかりしました。自分はこの出来事以前から父親とご飯を食べに行ったり、コミュニケーションをとる事に嫌気がさしていましたから、以降自分は父親と一緒にご飯を食べたり、コミュニケーションをとる事を辞めてしまったのでした。




ここから自分と父親の間には一切コミュニケーションが無くなりました。加えてそれ以前から自分は母親や妹ともコミュニケーションが無くなっていましたから、家族内で孤立。その状態が3ヵ月程続いた後に尿管結石発症、という流れになります。そして尿管結石発症から1ヵ月くらい後にパチンコを打ち始め、3ヵ月で90万稼いだ、と。この尿管結石後にパチンコを打ち始めた理由ですが、以前書きましたようにまずは「羽根モノで算出できるようになった期待値の考え方をデジパチでも試してみたい!」という気持ちが大きかったです。当時も今もパチンコ屋のメイン機種は羽根モノではなく、デジパチですから、やはりそこで稼いでみたかった。そのような理由で自分はパチンコ屋に戻ったのですが、別の小さい理由もありました。それは当時働いていた古本屋で自分がパチンコで稼いでる所を見せて、自分の株を上げたい、という気持ちです。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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