鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

砕け散る優越感(2003年11月頃・27歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「1店舗目の古本屋でのバイト仲間(2003年11月頃・27歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は自分がバイトしていた1店舗目の古本屋が居心地良かったって話でしたね。この古本屋はお客さんが1時間に4〜5人くらいの閑散としたお店でしたから、仕事量が少なくてすごく楽でした。また、バイト仲間も自分と同様の社会不適合者ばかりでしたから、コミュニケーション面でのしんどさもそんなにありませんでした。ただそのような居心地の良さも働き出して3年目くらいから徐々にしんどくなっていった記憶です。原因はバイト仲間のI君との関係でした。前回の記事に書きましたように、このI君は当時大学生でプラモデルが大好きなオタクでして、コミケで自分の同人誌を売る程その世界にハマっていました。そう、うちの古本屋はとても小さな古本屋でして、基本的にお客さんは少なく閑散としていましたから、1人で店番をする事が大半でした。しかし、夕方4時〜5時の時間は早番のバイトと遅番のバイトが重なる時間帯でして、この時間は他のバイトと一緒に仕事をする事があったんですよ。そして、基本的には閑散とした古本屋でしたが、そうは言っても土日祝日はお客さん増える傾向にありまして、それに備えて土日祝日の早番はバイトが2人体制だったんですね。ですから土日祝日の夕方4〜5時に遅番に入ると、自分とこのI君とW先輩の3人で一緒に仕事をする事がよくありました。仕事を一緒にすると言っても基本的にうちのお店は閑散としていましたから、お客さんより店員が多いような状態でして、仕事は少なく、3人でお喋りして過ごす事が大半でした。お喋りの内容はこのI君の最近のオタク活動の内容を聞く事が多かった記憶です。コミケで売る同人誌を作ったり、プラモデル仲間を多数集めて会合を開いたり、とにかく彼は精力的にオタク活動していました。そう、自分は段々と彼のそういう充実したオタク活動の話を聞くのがしんどくなっていったのです。何度も書いていますが、自分は学校生活において全く友達を作る事が出来ず、孤独により鬱が悪化し続け、身体も壊れ続けていく人生を送っていました。ですのでそういう自分から見ると、I君のオタク仲間に沢山恵まれている状況はとても羨ましいものだったんですよ。加えて彼は仲間と共に「同人誌」という表現活動までしていましたから、そのオタク活動するエネルギー量も自分からしたらとても羨ましいものでした。ですので自分から見るとI君のオタク活動はとても眩しく見えましたし、眩し過ぎるが故に段々と話を聞くのが辛くなっていったのです。



また、以前の記事「鬱とスクールカースト(2000年4月頃)」でも書きましたが、当時の自分は「自分は大学の空手部の練習を3年間耐え切った体育会系の人間なのだから、アニメやゲームをするようなオタク系の人よりも優れた人間なのだ」という差別的な思考を持っていました。ですのでこのI君と出会った当初は、自分は「体育会系」で彼は「オタク」ですから、彼の事を下に見てしまう部分があったと思います。加えて、大学の偏差値的なもの自分の方が上でしたから、そういう部分でも自分の方が上だなという思いが心のどこかにあったように思います。ですが2年間一緒に働く中で自分はI君のオタク生活の充実っぷりを知っていきまして、その中で彼のコミュニケーション能力の高さやエネルギー値の高さを知る事になりました。その2つは長年に渡って自分が喉から手が出る程欲しいものでした。いや、「喉から手が出るという表現」ではとても足りないくらい、それらを自分は切実に欲していたのです。血の涙が出る程自分はそれらを欲していました。しかし、学校・社会生活において、いくらもがいてももがいてもそれらは手に入りませんでしたし、手に入るどころか遠ざかっていく一方。よってl君のオタク生活の充実っぷりを知るにつれ、自分がI君に感じていた優越感は木っ端微塵に打ち砕かれていきました。




また、単純に自分よりI君の方がこの古本屋において仕事ができていました。それはそうですよ。自分と比べると彼は圧倒的なコミュニケーション能力と高いエネルギー値を持っていましたからね。仕事中も彼は積極的に動き回っていましたし、お客さんやパートの奥さん達とも上手くコミュニケーションをとっていました。また、社長に対して「あそこの棚は別のマンガを入れた方がいいんじゃないですか?」的な提案を行う事もあったように思います。一方の自分はというと、高校1年生の時に発症した鬱は悪化する一方で、1つ目の大学を卒業する頃(1999年)になると以下のような症状に苦しむようになっていました。


・慢性的な食欲消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
・酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
・慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
・常に訳もなくず〜っと悲しい。



そしてこれらの諸症状は2つ目の大学生活と尿管結石を経て2倍酷くなりましたからね。そのような状態でまともに働ける訳が無い。特に慢性的な疲労感と眠気は酷く、レジ前でボーッと座っているだけでもしんどい状態になっていました。こんな意識朦朧とした状態で、社長に対して仕事上の提案なんて思い浮かぶはずもありません。ですので、生活においても仕事においても自分が彼に勝てる要素は何一つなく、当初感じていた優越感は粉々に砕け散り、逆に彼に対してどんどん劣等感を感じるようになっていったのです。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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