鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

2つ目の大学を退学②(2004年4月・28歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「2つ目の大学を退学(2004年4月・27歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が2004年4月に2つ目の大学を退学したという話でしたね。加えてカウンセリングに対しても失望していたという話でした。大学を退学するという事はいわゆる「大学→就職」という社会のレールから逸脱する事を意味しますが、以前の自分はそのレールから外れる事を恐れていました。コミュニケーション能力皆無の自分がそのレールから逸脱したら、生きていく事が困難になる事が予想できたからです。しかし、もはやそのような予想は自分の中ではどうでも良くなっていた記憶です。社会のレールから外れる恐怖より、日々の鬱症状の辛さの方が圧倒的に大きくなっていたのです。そう、自分はどこに行っても人間関係を作る事ができない自分の人生に疲れ切っていました。故に鬱で身体の不調は酷くなる一方。1つ目の大学中退後、自分の鬱の諸症状は以下の通りでしたが、2つ目の大学生活と尿管結石により、これらは2倍悪化しました。


・慢性的な食欲消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
・酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
・慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
・常に訳もなくず〜っと悲しい。


最近ここに付け加える症状を一つ思い出しました。それは「口内炎」です。これもまぁ高校時代くらいから慢性的に自分の口の中に出来ていましたね。1つの口内炎が治ったと思ったら、すぐに次の口内炎が出来ている状況で口の中が痛んでない期間がないくらい、ずっと口内炎が出来ていました。ですから、物を食べる時は常に口内炎の激痛に耐えながらでしたね。まぁそもそも高校以降自分の中から「食欲」という感覚は無くなっていましたから、生命を維持するのに必要最低限のものしか食べない生活が続いていました。それは「灰」を食べるような味気無い食事だったのですが、それに加えて口内炎の激痛を味わいながらの食事だったという事になります。




話は2004年4月に戻ります。「2つ目の大学生活」と「尿管結石」を経て、上記の鬱の諸症状は2倍悪化していました。これによる絶望感も凄まじかったです。もはや自分の身体は何一つ自分の言う事を聞かない状況になっていました。「慢性的な疲労感」と「慢性的な眠気」は莫大な大きさとなり、自分を逆にコントロールしていました。自分から意志は奪われ、自分はそれらの奴隷になったかのようでした。同時に自分は社会生活や自分の身体に絶望するだけでなく、家族3人に対しても「殺したい」程の激しい憎しみを持つようになっていました。それは尿管結石発症の際の様々な出来事による所も大きかったですし、我が家の長年に渡るゴタゴタの当然の帰結とも言えます。




2004年4月に大学を退学した時点では、自分はまだ古本屋バイトを辞めてはいませんでしたが、脱落寸前となっていました。2004年の4月頃、自分の周りの状況は全てが八方塞がりになりつつありました。当然自殺願望も激しかったと思います。反面自分はこの時期からとあるものに希望を託すようになっていきました。それは「ノートによるセルフカウンセリング」でした。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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