鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

小3を起点とする記憶の色の違い=小3時の家庭環境の急激な悪化(2004年9月頃・28歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「 小3以前の記憶⇒フルカラー、小3以降の記憶⇒灰色(2004年9月頃・28歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は自分が小3以前の記憶と小3以降の記憶の色の違いに気付いたという話でしたね。そう、小3以前の記憶には色が付いていて鮮やかなのですが、それ以降の記憶はすべて色が落ちた灰色なのです。これも発見した時は驚きでした。そして小3付近の記憶をサルベージしていくうちに自分はその理由が徐々に分かっていきました。理由はただ一つ「家庭環境の急激な悪化」です。前回の記事に書きました通り、自分の父親はこの時期に医院を開業しまして、その忙しさとプレッシャーからただでさえ不安定なメンタルがさらに不安定になったのです。また、うちの母親も医院の事務関係の仕事を手伝うようになりましたから、母親もとても忙しくなりました。さらに父親方の祖母と叔父が勝手に近所に引っ越してきた事で、夫婦仲も急激に悪化。この祖母と叔父の問題はここから10年以上我が家の喧嘩の火種であり続けたのですが、これにより両親のメンタルもどんどん悪化していきました。そう、父親が開業した事により、我が家は常に一触即発状態の戦争状態に突入してしまったのです。




自分はこの我が家の急激な環境の変化が、記憶の色の違いに表れているのではないかと考えました。そして小3の頃の自分の様子を思い出したのですが、やはりそこには急激な変化があったのです。それは何かと言いますと「喘息」です。そもそも自分は物心ついた頃から喘息持ちではあったのですが、この小3以降それが急激に悪化したんですね。喘息の起こる頻度とキツさが急激に悪化した記憶です。毎晩のように喘息が出ては自分は苦しみまして、一睡も出来ずに夜を明かす事もありました。つまり家庭環境の悪化により、自分のメンタルも急激に悪化し、それにより喘息の頻度とキツさも急激に悪化したという事です。ですから小3以降自分は学校を休みがちになりまして、サルベージ終盤で当時の連絡帳を見てみましたら、週の半分は学校を休んでました。また、学校に行けたとしても体育の授業はほぼ毎回休んでいるような状態でした。当然このようか休みがちな学校生活は友達関係にも暗い影を落とします。小3以前の自分はそれなりに友達もいてそれなりに元気な部分もある少年だったと思うのですが、小3以後の自分は徐々に塞ぎがちになっていき、クラスメートとのコミュニケーションが難しくなっていってしまいました。




とまぁそんな感じで自分は小3の頃の記憶を他にも色々とサルベージしてみたのですが、結果自分の小3を起点とした記憶の色の違いは「家庭環境の急激な悪化」が原因であるとの結論を得たのです。自分は「なるほど〜」と思いました。これまで自分は「自分の人生」と「家庭環境」にはなんらかの関係があるような気がしていたのですが、こうやって記憶をサルベージしてみますと、関係は明白でした。「なるほど、なるほど〜」って感じでしたねぇ。




今回の話は以下の記事により詳しく書いてあります。良かったらお読み下さい。


我が家のゴタゴタの歴史①

我が家のゴタゴタの歴史②

我が家のゴタゴタの歴史③

我が家のゴタゴタの歴史④





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m




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