鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

小6時の怒られ事件③(2004年12月頃・28歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「お小遣い稼ぎで得られる自信とブログで得られる自信(2020年11月)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分がこのブログを書く事で癒されているという話でした。1年半ブログを続けてきて良かったなぁという感じです。ではいつもの流れに戻りたいと思います。自分が小学校6年生の時に起きた失言事件についてお話ししていました。事件の詳細はこちら↓になります。



〜中学受験における失言エピソード前編〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード③


〜中学受験における失言エピソード中編〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード④


〜中学受験におけるやらかしエピソード③〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード⑤


中学受験におけるやらかしエピソード④〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード⑥


中学受験におけるやらかしエピソード⑤〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード⑦




そう、自分は小学校6年生の時に中学受験の塾に通っていたのですが、とある事がきっかけで授業中に先生から怒鳴られてしまいまったんですね。自分は普段大人から全く怒られ慣れていなかったですから、あれで茫然自失状態に陥ってしまいました。ショックでしたねぇ。塾からの帰り道は頭の中が真っ白で視界から色が抜け落ちていました。そして、自分はその事件の事を誰にも喋る事もなく、ベッドに入ったのでした。翌日以降の話ですが、もちろん自分はこの事件について誰にも喋る気になんてなれません。ただただ精神的ショックは続いていき、自分の中の脱力感は続いていきました。そうなりますと、塾に通う気力が急速に失われていったんですね。その自分の事を怒鳴った先生は算数を担当していたのですが、まずその授業に出る気力が無くなってしまいました。というより、自分はその先生の事が恐ろしくて仕方無くなってしまったのです。ただでさえ自分は大人に対して怯えまくっている子供でしたから、それが超強面の先生に怒鳴られた後の授業なんて恐ろしく過ぎて受けていられません。「またいつ怒鳴られるかもしれない。」と地獄のように怯えながら授業を受けるのは無理でした。加えて自分はそのクラスで悪目立ちしてしまいましたから、そこにもう1度戻るのもキツい話でした。そのクラス及び塾に仲の良い友達などいませんでしたからね。そう、ですから自分はその先生が担当していた算数の授業をサボり始めたのです。そして1〜2ヵ月サボっていますと、他の授業に出る気力もどんどん失われていき、しまいには塾の全ての授業をサボるようになってしまいました。塾をサボって何をしていたのかと言いますと、ゲームセンターでゲームです。そこで自分は先生に怒鳴られた精神的なショックを忘れようとゲームに没頭しました。あれは完全に現実逃避でしたね。思えばあの事件の後の自分は問題行動が連発していました。ゲームセンターのゲーム代を手に入れる為に親の金を盗んでいましたし、本屋で漫画を万引きしていましたし、親に無断でファミコン友達の家に泊まったりもしました。自分はこの事件が起こる前までは、大人し過ぎる程大人しい子供だったと思います。普段から親や先生の目を過度に気にして怯えまくっていましたから、問題行動など全く無い、それはそれは大人しい従順な子供だったのです。全く怒られ慣れていない子供でした。ですから、あの事件による精神的ショックはかなり強く、しかもそのショックは全く消化される事が無かったですから、自分の心にダメージを与え続けていきました。故に自分の精神状態は茫然自失状態が続き、普段なら絶対しないようなモラルや法を逸脱した行動が続いたのだと思います。




仮に自分がこの事件及びこの事件で受けた精神的ショックについて誰かに喋る事ができていたなら、このような問題行動は起こらなかったのではないかと思います。そう自分の周りに信頼できる大人や仲の良い友達がいて、この件について喋れていたなら、です。しかし、実際にはそのような人物は全くいませんでしたから、自分はこの事件について全く言語化する事はありませんでした。故に事件の精神的ショックは減る事なく、自分の心にダメージを与え続けていったのです。




当時の逸脱行動としてもう一つ思い出すのは小学校のクラスの演劇です。と言ってもこのエピソードではモラルや法は逸脱していません。ただ普段の自分のキャラクターから大幅に逸脱していました。自分は事件から2〜3ヵ月後に塾を辞めたのですが、その頃小学校のクラスの方で演劇をする事になったんですね。演劇のタイトルは「走れメロス」。普段の大人しい自分だったら演劇に参加するなんて事は絶対無かったと思いますが、この時は何をとち狂ったのか「王様」役に立候補してしまったのです。「王様」役は走れメロスという話において悪役であり、クラスの誰もやりたがらない様子でした。その空気を感じた自分は立候補したのですが、そのままやる事になってしまいました。先程も書きましたが、普段の自分は無口で大人しくて何考えてるんだか分からない超目立たない子供だったと思います。そんな自分が準主役である「王様」役になってしまったのです。さぞかし周囲は困惑したのではないかなぁと思います。そう、あの頃の自分は「私立受験」という目標が無くなってしまい、抜け殻のようになっていたと思うんですよ。新たな目標を欲していたように思います。というかそもそも自分が受験勉強を続けていたモチベーションは「誰かに褒められたい」という気持ちが全てでしたからね。塾という「褒められる可能性がある場所」がなくなり、塾以外の場所にそれを求めたという側面もあったと思います。そして、自分は誰にも相談する事なく役作りを進め、本番で張り切って王様役を演じました。まぁでも今から考えるとその張り切り具合は周りの空気とは全く合っておらず、空回り気味の痛々しいものだったと思います。ですから演劇後、自分の王様役の演技について、その後周りから評価される事は一切ありませんでした。張り切って演じた自分は超がっかりした記憶があります。このように「受験勉強」、「演劇」と自分の頑張りが全く報われない事態が続いていきました。ですから自分の中の脱力感は増えていく一方。加えて、塾の先生に怒鳴られたショックと精神的ダメージは全く消化されないまま記憶の海の底に沈んでいく事になりました。故に自分はますます無口で自己表現をしない無気力な少年になっていったのです。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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