鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

孤独と無力感②(2004年12月頃・28歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「孤独と無力感(2004年12月頃・28歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は孤独と無力感についての話でした。あの小6の時の怒られ事件により、自分の心の中に発生した「脱力感」はかなりのものがあったと思います。これにより自分は「生きる」という行為自体に「無力感」を感じる始めた印象です。言葉にすると、「どうせ頑張ってもあんな結果になるのだから、何を頑張ったって仕方が無い」です。小6の自分は1年半頑張って受験勉強していたのですが、あの怒られ事件により全てが水泡に帰しました。当然本番の中学受験も全滅。この状況は普通に中学受験に失敗したのとは訳が違いました。そう、仮にあの怒られ事件が起こらなかった場合を考えてみます。そうなると自分は塾に通い続ける事が出来、普通に私立受験を迎える事が出来たでしょう。その結果全ての中学に落ちたとします。当然そこで自分は精神的ショックを受けたとは思うのですが、この「怒られ事件」程のショックは受けなかったと思うのです。何故なら、この場合の「中学受験に全て落ちた」という情報は両親や塾の先生などの周りの大人達と共有される事になるからです。そうなると、特に塾の先生が自分に慰めの言葉をかけてくれあと思うんですよ。そう、塾の先生は自分の成績が2年間で急上昇した事を分かってくれていたでしょうから、優しい言葉をかけてくれ、自分の心はそれで癒される部分があったと思います。ところがこの「怒られ事件」に関しては事件の情報が周りの大人達と共有される事が全くありませんでした。何度も書いていますが、自分はこの事件について、両親、先生、友達、誰にも喋っていません。孤独でした。つまり自分はこの事件を自分の心の中だけで受け止めなければならなかったのです。これにより時間が経っても事件の精神的ショックは全く減る事がなく、自分の心身に精神的ダメージを与え続ける事になってしまったという事になります。




現在、あの事件からすでに32年程経っている訳ですが、事件の事を思い出しながら書いていますと、小6の自分が感じていた「無力感」がそのまま蘇ってきます。それは現在の自分が戸惑う程の無力感です。「あの事件によって小6の自分はこんなに打ちのめされていたのか!」という気持ちになります。それは現在の自分がブログを書き続ける気力を削がれてしまう程の「無力感」です。あの事件は自分の努力が全く報われませんでしたし、報われないどころか、「先生に怒鳴られる」という当時の自分が最も望まない結末を迎えてしまいましたからね。最悪の結末でした。自分の人生の中には同じように努力が最悪の結末を迎えた話があります。大学空手部の3年間です。前回の記事にも書きましたが、あの3年間においても自分の努力は全く報われませんでしたし、報われないどころか「鬱のさらなる悪化」という最も望んでいない最悪の結末を迎えてしまいました。その精神的ダメージは以下の肉体的ダメージが発生する程大きかったのです。



・慢性的な食欲消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
・酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
・慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
・常に訳もなくず〜っと悲しい。
・慢性的な口内炎



長年の努力が自分の望んだ結果を産まず、産まないどころか、真逆の結果を産んでしまった時の精神的ダメージはエグいものがあるなぁと改めて感じます。もちろんその精神的ダメージがエグくなってしまったのは、自分がただひたすらに「孤独」だったからです。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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