鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

記憶のサルベージ終盤戦(2005年3月頃・29歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「膨大な劣等感と家庭環境②(2005年3月頃・29歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が記憶の言語化を進めていく中で膨大な劣等感が薄らいでいったという話でした。そう、それまでの28年間の人生を送る中で自分は自分自身について漠然とこう感じていました。「自分という存在が生まれながらにして激しく劣った存在だから、ただただ孤独に塗れ心身がぶっ壊れていくだけの、自殺だけが心の支えの生き地獄みたいな人生を送る羽目になったのだろう」、と。ところが記憶の言語化を進めていくと、何故自分の人生が孤独に塗れていたのか、理由が見えてきたんですね。そう、それは自分の精神年齢の成長が小3で止まっていたからです。そして、何故自分の精神年齢の成長が小3で止まってしまったのか、小3付近の記憶を言語化していきますと、その頃家庭環境が急激に悪化し、自己表現する機会が全く失われてしまった事が分かりました。




そこで自分はこう思いました。「小3で家庭環境が急激に悪化し、それにより精神年齢の成長が止まってしまったのは分かったけど、では小3以前の自分の精神状況及び家庭環境はどうだったのだろう?」、と。これは当然の疑問だったと思います。果たして、自分はどのような小学校低学年時代、幼稚園時代を過ごしていたのか、幼稚園以前はどうだったのか、最も古い記憶は何なのか。自分の興味のターゲットは幼い自分の記憶に移っていったのです。




自分が2004年の秋頃から本格化させた「記憶のサルベージ」は、自分の全ての記憶を言語化する事を目的としていました。自分は半年以上かけて小3〜小6、中学校、高校、1つ目の大学、2つ目の大学の記憶を詳細に言語化し、因果関係を繋いできたんですね。そして、ここに来て残る記憶は小3以前の記憶を残すのみとなっていました。この時代の言語化が終われば自分は全ての記憶を言語化した事になります。いよいよ記憶のサルベージが終盤戦に突入したのでした。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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