鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

記憶の言語化によりコミュニケーション能力が劇的に向上〜記憶のサルベージまとめ①(2005年8月頃・29歳)

皆さんこんにちはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「 「if」の世界の言語化⑦(2005年8月頃・29歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が「if」の世界の想像を終えたという話でした。これにより記憶のサルベージ(言語化)はいよいよ終わりを迎えようとしていました。そう、全ての過去の記憶の言語化は終わりましたし、言語化した出来事同士の因果関係を繋ぐ作業も全て終わりました。そして、実際に大学空手部を訪れる事で当時の自分の怨霊を鎮魂する事も出来ましたし、「if」の世界の言語化も終わりました。あ、ちなみにこの「鎮魂」ですが、その後も自分は様々な思い出の地を訪れては、そこに眠る自分の怨霊を鎮魂していく事になります。そう、パチンコで稼ぎながらカウンセリングに通い、並行して鎮魂旅も続けていく事になるのです。




さて、いよいよこの記憶のサルベージに関する記事も終わりを迎えようとしています。気付けば記憶のサルベージ関連の記事を121も書いていました。28歳の自分が家に引きこもり、1年半に渡って心血を注いだ記憶のサルベージとは一体何だったのでしょう。最後にこの記憶のサルベージについてまとめてみたいと思います。まず自分は記憶のサルベージを通じて自分が長年「鬱」であった事に気付き、その鬱は高校時代に発症した事を知りました。高校時代の鬱発症の流れは以下の通りになります。



・高校1年生の時に起きた暴言事件により、学校生活において「巨大な不安」と「巨大な悲しみ」 が発生。

・暴言事件を誰にも相談する事が出来ず、脳内はずっと「超パニック状態」が継続。よって「部活や高校を辞める」という選択肢を考える事が全く出来ない。



・そんな高校生活への拒否反応から日曜夜になると激しい喘息が発生。夜ほとんど眠る事が出来ず、凄まじい睡眠不足と疲労感の中、高校生活を送る羽目に。



・そんな心身ズタボロの状態でクラスメートとコミュニケーションが取れる訳もなく、クラス内の人間関係から完全に脱落。それによる新たな不安と悲しみも発生。



・上記の流れでさらに「孤立感」が悪化し、現実に対する「無力感」も増大。その現実状況がそのまま身体に反映し、「突発的な激しいめまい」が発生。



中学校時代に消えかかっていた食欲が、上記の流れで完全消失。





その後自分は大学に入学し、自分を変える為に空手部に入部するのですが、そこでの練習メニューが自分には厳し過ぎ、鬱が3倍悪化する事になります。その際の鬱の諸症状は以下の通りです。


・慢性的な食欲消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
・酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
・慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
・自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
・常に訳もなくず〜っと悲しい。
・慢性的な口内炎



さらに自分は別の大学に移り、そこで大学生活をやり直すのですが、あえなく失敗し、鬱はますます悪化。加えて家庭内でも孤立し、尿管結石発症。結果鬱はさらに2倍悪化し、2005年・28歳で引きこもり、という流れになります。




自分はこのように記憶のサルベージを通じて、自分の鬱の歴史を把握しました。そう、挫折の連続と孤独感の蓄積により、自分の心身が壊れていった事を理解したのです。



話は少し戻りまして、記憶のサルベージを始める以前の自分は、長年に渡る「激しい心身の不調」と「自殺願望」の原因に関してこう感じていました。「自分という人間が本質的に激しく劣っている人間だから、このような訳の分からない不調に襲われ続けているのだのだろう」、と。しかし、上記のように自分はサルベージを通じて自分の鬱の歴史を理解していき、自分の鬱の発症及びその悪化には一つ一つ「理由」があった事を理解していきました。その中で「自分という人間が本質的に劣っている」という思いが少しずつ薄まっていったんですね。その流れは以下の通りです。




自分の鬱が学校生活で挫折経験を重ねるごとに酷くなっていった事が分かる。


自分の鬱が「孤独感」に由来している事が分かる。



その「孤独感」は自分のコミュニケーション能力の無さに由来している事が分かる。そして、自分の精神年齢の成長が小学校3年生で止まっていた事も判明する。



自分の育った生育環境が小学校3年生以降戦争状態に陥っていた事が判明する。それにより自分のコミュニケーション能力の成長及び精神年齢の成長が小学校3年生で止まった事が判明する。




そう、上記の流れを書く中で自分はこう思うようになったのです。「あれ?俺の人生がこれまで全く上手く行かなかった理由って、俺自身が本質的に激しく劣っていたからではなく、家庭環境が本質的に激しく劣っていたからなのでは??」、と。これにより自分は自分に対する自信を大きく取り戻しました。そう、自分はこの記憶のサルベージを終えると自分自身の鬱人生を誰に恥じる事もなく論理的かつ詳細に語れるようになっていました。「俺がこんなクソに塗れた人生を送る羽目になったのは、俺のせいじゃない!家庭環境のせいなんだ!」、と。と、同時に自分は強烈に他人の人生にも興味が湧いてきたのです。「自分は様々な因果関係の果てにこのような人生を送る羽目になってしまったのだが、果たして他の人の人生はどのようなモノなのだろう?」、と。これにより自分のコミュニケーション能力は見違えるように改善していたのです。振り返ってみますと、記憶のサルベージ以前の自分が周りと全くコミュニケーションを取る事が出来なかった原因は、以下の4つにありました。



①自分が自分自身の事を全く理解出来ていない。(「自分自身の事」とは、自分の歴史、自分の趣味趣向、自分の得意不得意など自分に関する情報全般)


②自分に全く自信が持てていない。持てていないどころか、巨大な劣等感に自我を押し潰されている。


③他人に対して1mmも興味が湧かない。


④「連想」が全く出来ず、会話が続かない


しかし、1年半のサルベージを通じて自分は自分自身を100%理解し、さらに自信満々で自分の鬱塗れの歴史を他人に説明出来る様になっていました。それはこのブログを読んで頂いても分かると思います。また、それに伴い他人に対する興味も強烈に発生していました。加えて④の「連想」問題です。最近色々な人と会話していて思うのですが、会話って「連想」で続けていく所がありますよね。相手の言っている事を聞き、そこから連想される事柄が自分の中に出て来ると「そういえば、、」と、さらに話を続けられる。サルベージ以前の自分はこれも全く出来ていなかったのですが、サルベージ後はかなり出来る様になっていたんですね。何故なら自分は記憶のサルベージを全て「連想」によって進めていったからです。全ての記憶を全て「連想」で繋げて思い出してき、言語化していきましたからね。「連想」を膨大な回数繰り返して、記憶を言語化していったのです。これにより気付けば連想能力が劇的に向上していました。最近の話になってしまいますが、自分が人と話していると連想が全然途切れず、3時間くらい会話が続く事がザラにあります。こんな事はサルベージ以前には全くありませんでした。よって1年半の記憶サルベージにより自分のコミュニケーション能力は超劇的に改善したと言って良いと思います。そう、自分のコミュニケーション能力はこのサルベージの1年半を通じて生まれ変わったのでした。




ただし当時の自分はこの事実に全く気付いていません。カウンセリングの先生や様々な知り合い、家族との会話を重ねる中でゆっくりと気付いていく事になります。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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