鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

人生の中で最も辛い夜〜「東○荘事件17」(2006年3月頃・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「酷い冷え性のせいで布団や服を20枚以上重ねないと眠れない〜「東○荘事件16」(2006年3月頃・30歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分がビジネスホテルの一室でノートを書き終え、深夜3時にベッドに入った、という話でした。ホントにこの日は色々あり過ぎました。ですので、ベッドに入っても頭の中に様々な記憶や感情が駆け巡り、一向に眠くならないのです。そう、自分はビジネスホテルにチェックインした後、4時間以上に渡って、今日の出来事とそれに伴う感情をノートに書いていったのですが、それでも頭の中は興奮と憎しみと不安でぐちゃぐちゃなままだったのです。何度もベッドの上で寝返りを打ちますが、一向に眠くなる気配がありません。悶々としているうちにどんどん肌寒く思えてきました。ホテル側が用意した2枚の掛け布団だけでは寒くて仕方がなくなってきたのです。自分は昼間着ていたジャケットを布団の上に載せてみますが、それでも全然暖かくなりません。仕方なく、フロントに出向き、掛け布団を追加で借りてきました。ただし当時の自分は他人とのコミュニケーションに膨大な不安を抱えていましたから、そうやってフロントの人に自分の要求を伝えるだけでもかなりの精神的な負担があった記憶です。特にこの時は精神的に弱りまくっていましたからね。ところがそうやって頑張って貰ってきた布団を上に載せても全然暖かくならないのです。自分は困ってしまいました。もうこれ以上フロントの人に布団を要求するのは無理な状況です。精神的な負担が大き過ぎます。自分は仕方なくかなりの肌寒さを感じながら、ベッドで横たわり続けました。




そう、前回の記事でも書きましたが、当時の自分は極度の冷え性でしたから、冬の季節は掛け布団を7〜8枚くらい重ねた上、さらに服を上半身と下半身にそれぞれ6〜7枚重ねないとと眠る事が出来なかったのです。ですから、先程フロントで追加で借りてきた1枚を加えても、3枚の掛け布団では全然足りない状態でした。ですから、仮に自分が今日のような事件が起こっていない通常の状態でこのホテルに泊まったとしても、掛け布団の重さが全然足りない状況でした。まして、この日の自分は通常の状態ではありません。そう、お昼に起きた取っ組み合いの喧嘩と家族3人による袋叩きにより、「超非日常状態」に陥っていたのです。先程も書きました通り、その結果自分の頭の中は興奮と憎しみと不安でぐちゃぐちゃでした。この精神的に極度なカオス状態、自分はこの状態がさらに冷え性を酷くしていたのでは無いかと推測します。特に自分は今後の生活に対して莫大な不安感と心細さを感じていましたから、その不安感と心細さが身体の新陳代謝をさらに低下させ、冷え性をますます悪化させていたように思います。結果掛け布団が全くもって全然足りない状態になってしまった。自分はこの時の身体と布団の冷たさを15年経った今でもしっかり覚えています。




ですから、自分はベッドに入ってはみたものの、頭の中は興奮と憎しみと不安でぐちゃぐちゃな状態でした。加えて掛け布団が全然足りず、かなり肌寒い、という状態だったのです。これじゃ眠くなるはずがありません。そして、寝付けない時間が長くなればなる程、その寝付けない事自体も苦痛になっていった記憶です。結局自分は寝付けないまま2〜3時間寒さに耐えながらベットの上で悶々としていました。その間どんどん外は明るくなっていき、窓から光が差してきたのを覚えています。この寝付くまでの2〜3時間を含めた東○荘の一夜は、自分の人生の中で最も忘れられない辛い夜となりました。




ここでいきなりですが、自分の人生における「忘れられない辛い夜」のランキングを作ってみたいと思います。




第1位:「東○荘」の一夜



第2位:大学空手部の春合宿、初日の夜。明日の厳しい練習が恐ろし過ぎて、夜眠る事が出来ない。さらに喘息も発症し、一睡も出来ないまま、夜を過ごす。



第3位:尿管結石が発症した日の夜。尿管結石の自我が崩壊する程の痛みと、発症時に父親から言われた信じられない暴言により、寝付く事がなかなか出来ない。



2位の合宿の夜も辛かったですねぇ。あれは「死の恐怖」に怯え続けた一夜でしたから。3位の夜も尿管結石の痛みの余韻と、発症時に父親から言われた暴言の余韻でなかなか寝付く事が出来ませんでした。しかし、それ以上に「東○荘」の一夜は辛かった記憶です。




ちなみに「忘れられない辛い夜」の逆は「忘れられない楽しい夜」ですが、そんな夜は自分の人生の中にはただの一夜もありません。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m






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