鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

この先どうすれば良いのか全く分からない②〜「東○荘事件20」(2006年3月頃・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「この先どうすれば良いのか全く分からない〜「東○荘事件19」(2006年3月頃・30歳)」の続きを書かせて頂きます。




すみません。先日お伝えしました通り、こちらの記事は、「 この先どうすれば良いのか全く分からない〜「東○荘事件19」(2006年3月頃・30歳) 」の続きになります。ただでさえ読み辛いブログなのに申し訳ございません。




前回の記事は、自分がビジネスホテルの一室で目が覚めたものの、1時間くらい起き上がる事が出来なかった、という話でした。その理由としましては、昨日の事件の疲れが6割くらい残っていましたし、自分がこれから先どうすれば良いのか、全く答えが出ていなかったからです。そう、「このまま一回も家に戻らず、ホテルに泊まり続ける」のか、「それ以外の選択肢をとる」のか、自分の中で全く答えが出ていませんでした。今回の記事は、この選択肢について改めて書いていこうと思います。もし自分がこのまま一回も家に戻らず、ホテルに泊まり続けるとなると、それは「一人暮らし」をするのと変わりません。自分はただでさえ一人暮らしに対して膨大な不安感を抱えていました。以前にも書きましたが、それらの内訳は以下の通りです。



[前提として今回の一人暮らしは、「自分がしたいからする一人暮らし」ではなく、「家族の引っ越しについて行きたくないからする一人暮らし」]



①その準備において自分が時間やエネルギーを割かなければならない。


②連絡事項などで家族とコミュニケーションをとらねばならない。


③記憶のサルベージにより自分の精神年齢の成長が小学校3年生で止まっていた事が判明。自分がまだ精神的によちよち歩きの状態だというタイミングの問題。


④自分の「病的な音への過敏さ」が隣人トラブルを起こしかねない。


⑤貯金が毎月10万しか出来ない。引っ越しとパチンコ稼業で受ける精神的苦痛と全くもって見合っていない。


⑥不動産屋さん、引っ越し業者さん、大家さん、隣人とのコミュニケーションに全く自信が無い。自信が無い所か漠然とした膨大な不安感を抱えている。


(一人暮らしをするメリットとしては、家族と離れる事で家族から感じる膨大なストレスから離れる事が出来る。)



自分は上記のような不安を一人暮らしに対して感じていました。ただし、このまま一回も家に戻らず、ホテル暮らし生活を続けるとなると、家族とは2度と対面しませんから、②と⑥のストレスは発生しません。それはこの選択肢のメリットとも言えました。しかし、自分はそのメリット以上に「父親との取っ組み合いの喧嘩」という「不測の事態」から一人暮らしを始める自信が全くありませんでした。そもそも自分はこの事件が起こる前から「一人暮らし」という選択肢に対して、莫大な不安感を感じていたのです。さらにこれが「不測の事態」からのスタートとなると、この先どのようなトラブルが起こるか、分かりません。自分がこの選択肢を選んだとしたら、この先自分がさらに莫大な不安感に潰されてしまうのは確実のように思えました。言い方を変えますと、記憶のサルベージにより自分の精神年齢の成長は小3で止まっていた事が判明していました。となると、小3の子供が突発的にビジネスホテルで一人で生活していけるはずがありません。というか、それって「突発的」でなくても難しい話ですよね。




では、「何も無かったかのように家に帰る」という選択肢はどうでしょう。ただそれも自分の中で全くあり得ない選択肢でした。何故なら昨日の事件により、自分の家族への憎しみがこう変わったからです。



「殺したい」程憎い

「殺しても殺し足りない」程憎い



自分はただでさえこの事件の前から憎しみのコントロールが効かなくなっており、それをドアや壁にぶつけるようになっていました。さらにそれが昨日の事件で2倍に悪化したのです。もしこの先家に帰るとなると、ますます憎しみのコントロールが効かなくなる事態が予想され、それは暴力行為のさらなる悪化を意味します。暴力行為のさらなる悪化が行き着く先は破滅です。では事態を悪化させない為に自分が理性で憎しみを抑えつけるとどうなるでしょう?そう、理性で気狂い状態の憎しみを無理矢理に押さえつけるのです。しかし、それはそれで行き場を失った憎しみのエネルギーが自分の中で暴れまくり、自分の心身がさらに傷付く事は目に見えています。そう、やはり「ホテルに泊まり続ける」にしろ、「家に帰る」にしろ、今以上に致命的なストレスに晒されている自分の姿しか見えなかったのです。




話は「東○荘」の一場面に戻ります。上記のように当時の自分は「この先自分がどうすれば良いのか」全く分かりませんでしたから、目が覚めたものの、1時間程ベッドから起き上がる事が出来ませんでした。しかし、その後自分は鉛のような身体を起こし、この「ホテルに泊まり続ける」のか否か、について、状況を整理する為に再びノートを書き始めたのです。しかし、当時の自分は今現在の自分(2021年4月)ほど、その時の状況を整理できてはいなかった記憶です。とにかくノートに「あいつらぶっ殺す!!!!」とか書きまくっていましたね。また、「なんなんだよ、俺の人生は!!!!」とも書きまくっていましたね。とにかく自分の人生に対する憎しみや理不尽感や不安感がエグい事になっていました。しかし、当時はノートをいくら書いても自分の中にある憎しみや不安や理不尽感は一向に減りませんでした。もはやそれらの感情はコントロール不能状態にあり、自分を狂わせていたのです。それらは言語化して消化できるレベルではありませんでした。そう、それらは自分の気を狂わせるレベルの「激烈」な「憎しみ」と「不安感」と「理不尽感」だったのでした。




ここからは自分の持論になるのですが、自分はこのような「激烈な感情」は脳の神経に焼き付いてしまうと考えています。例えば、映画のフィルムに強い光を当て続けると、その一場面がスクリーンに焼き付いてしまうのと同じイメージです。もしくはパソコンでスクリーンセーバーを使わずに画面を出し続けると、その画面が液晶に焼き付いてしまう現象と同じイメージ。そして、それら激烈な感情は、一度脳の神経に焼き付いてしまうと、そうそう簡単には取れません。それは覚醒剤をされた方が覚醒剤の快感を長年忘れられないのと同じ現象だと思っています。そして、そのように神経に焼き付いてしまった強烈な感情は、言語化したとしても、そうそう簡単には消えないとも考えています。




話は再び「東○荘」に戻ります。それでも自分の中には「書く」以外の選択肢はありませんでした。もはや自分の感情が激烈過ぎて、それを言語化しても消化する事は出来ません。しかし、それでも自分の置かれた状況を言語化すれば、状況の整理には役立ちます。自分はひとしきり暴言を書きまくった後、自分が今置かれている状況をノートを書き始めたのでした。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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