鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

トラウマの言語化で胃が重苦しい(2006年4月頃・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「ホームセンターに首吊り用の資材を買いに行く(2006年4月頃・30歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が首吊りの準備を整えた、という話でした。やはりここら辺の話を書くのはしんどいっすね〜。相変わらず自分のおへそ周りは重苦しく、ブログを書いていない時間も胃やおへそ周りの重苦しさが気になる生活を送っています。なんかこう、おへそ周りにしこりのようなものがあるような、そんな感覚もあるんですよね。これは今に始まった事では無いのですが、自分が日常生活の中で何かにムカついたり、逆に不安になったりする時って、このおへそ周りのしこりからその感情が湧き出てくるような感覚があったりします。また、これも今の話ではないのですが、一番鬱がきつかった2006年〜2011年あたりには、ここのおへそ辺りにナイフで何回も深く刺されたような激しい痛みを感じていました。漠然としたイメージですが、引っ越しで受けた精神的に致命的なダメージが、おへそ辺りに肉体的なダメージとして反映している、そんな感じです。そういえば、自分が2005年〜2006年に記憶のサルベージ(言語化)をしている際にも胃がひたすら重くなっていく現象が起きていましたが、それと繋がっている所もあるのかもしれません。やはりトラウマを言語化していく作業は一筋縄では行かないな、という感じです。現在の自分(2021年5月)っていまだに日常生活において食欲や睡眠が不安定で、鬱の諸症状が部分的にまだ残っている印象なのですが、このおへそ周りのしこりはそれの原因になっていそうな気もします。




話は2006年に戻ります。自分が妹とのコンタクトに向けて、自殺の準備を整えた、という話でした。そう、自分は首吊りという「最終安全装置」の準備を整えた上でないと、妹とコンタクトを取る気には全くなれなかったのです。以前の記事にも書きましたが、妹とコンタクトを取るという事は、自分の中に「殺しても殺し足りない」程の憎悪が発生する事は確実です。しかし、コンタクトを取る以上はその感情を理性で押さえ込まなければなりません。そのコンタクトは引っ越しの情報を聞き出す為のコンタクトですからね。そして、「殺しても殺し足りない」程の憎しみを抑え込むということは、自分の中に凄まじいストレスの嵐を発生させるであろう事も予想出来ました。自分の人生はそれまでも「自殺願望」のみによって支えられてきたのですが、その凄まじいストレスの嵐の予想は、「自殺願望」を「自殺企図」へと変化させました。そして、その凄まじいストレスの嵐により自分の自我が崩壊する可能性を感じたんですね。ですから、まだ正気が保てているうちに、まだ自分で自分の事を始末できるうちに、自殺せねばならないと思ったのです。そう、自分が正気を失ってしまえば、他人が自分の「生殺与奪」を握る事になってしまいます。「自殺願望」だけが心の支えだった自分にとって、それを奪われる事だけは避けねばなりません。ですから、自分はとりあえず引っ越しの方向で動いてみて、そのストレスで自我が崩壊しそうになったら、自殺する事にしたのでした。そして、前回の記事に書きました通り、首吊りの準備を整えました。自分はその準備をし終えると、大きく安堵したのを覚えています。「最終安全装置が出来上がり、退路を確保できた。これで引っ越しの方向で動いていける。」、と。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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