鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

睡眠を取るのが毎回命がけ(2006年7月頃・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「自分の時間が疲労感と眠気に乗っ取られている(2006年7月頃・30歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、引っ越し後の自分が「殺人的な疲労感」と「殺人的な眠気」に、身体と時間を乗っ取られていた、という話でした。ここで改めて「引っ越し及び東○荘事件で受けた致命的なストレス一覧」のコピペを貼らせて頂きます。前回の記事で⑧を加筆訂正しましたが、さらに加筆訂正しました。




「引っ越し及び東○荘事件で受けた致命的なストレス一覧」



①15年間住み続けた愛着のあり過ぎる部屋を奪われる。


② 前年の記憶のサルベージ(言語化)によって、自分の学生時代が家庭環境によって滅茶苦茶に破壊されていた事が判明。その上親が言い出した引っ越しの為に自分がさらに時間やエネルギーを割かなければならない。


③引っ越しの情報を得る為に「殺しても殺し足りない」程憎い妹とコンタクトを取らざるを得なくなる。結果自分の中に凄まじいストレスの嵐が発生し、それは自我が崩壊する可能性を感じる程だった。自分は自我が崩壊するギリギリになったら、この世界から離脱できるよう首吊りの準備をしてから妹とのコンタクトに臨んだ。


④前年の記憶のサルベージによって自分の精神年齢の成長が小3で止まっているという事が判明。自分がまだ精神的によちよち歩きの状態だというタイミングの問題。


⑤「殺しても殺し足りない」くらい憎い家族と、これから先も一つ屋根の下で住み続けなければならない。


⑥東○荘事件により、家庭内での孤立無援感がさらにエグい事になり、眠りに就こうとすると「自分が眠っている間に激昂した父親が再び自分の部屋に突入してくるのではないか??」という凄まじい恐怖心に襲われるようになる。自分の睡眠はただでさえ「妹のドア音」によって劣化しまくっていたのだが、この凄まじい恐怖心によりさらに極限まで劣化する事に。結果慢性的な疲労感と眠気は果てしなく大きくなり、意識朦朧とした状態で日常生活を送る事になる。そんな中での心の支えは「自我が壊れそうになったら首吊り」という思いのみ。



⑦東○荘事件によって自分の人生に対する激烈な虚無感(無力感)と理不尽感と絶望感も発生。東○荘事件以前から自分はこれらを抱えて生きていたが、東○荘事件により倍増。そして、これらの倍増によってそれまで抱えていた「自殺願望」が「自殺企図」へと変化。また、慢性的な疲労感の激烈化の一因にもなった。



⑧「自分の身体」と「自分の時間」が「殺人的な疲労感」と「殺人的な眠気」に支配されてしまい、全く自分の思い通りに使えない。1日のうち18時間はベッドの上で過ごさねばならない生活。そして、起きている6時間も100kgの重りを背中に乗せられ、身体が床にぺちゃんこに潰されそうな感じ。自分の身体が乗っ取られているかのよう。その無力感と情け無さ。



⑨引っ越しと東○荘事件により、パチンコで稼いでいた時の希望に溢れたモチベーションが完全消失。これによりかなり大きな喪失感と虚無感が発生。




いや〜徐々にこの一覧が出来上がっていく感じがなんとも嬉しい感じです。引っ越し後の自分が、一体何に苦しんでいたのか、それがこのブログを書く事でどんどん可視化されていってる感じ。このブログを書き始める以前の、引っ越し後の自分の記憶って、漆黒中の漆黒で超カオス状態だったのですが、それがこのブログを書く事でどんどん言語化され、整理されていってる感じがすごくしています。そして、記憶全体がほんの少しずつですが明るくなっていき、クリアになっていっている印象もあったりします。やはり自分がこのブログに過去を書き始めたのは大正解だったな、と思います。まだまだ自分の中には漆黒中の漆黒で超カオス状態の記憶が残っていますから、それを全て言語化し、整理し尽くした暁には、記憶全体が超明るくなり、超クリアな状態になるのではないかと思います。そこに至った時に自分がどのような気持ちでいるのか、今は全く想像もつかないのですが、楽しみな限りです。




さて、話は2006年8月に戻ります。引っ越し後の自分は、上記①〜⑨の致命的なストレスの数々によって、「鬱の廃人」+「鬱の狂人」状態に陥ってしまいました。1日24時間のうち18時間はベッドの上で磔(はりつけ)状態ですし、残りの6時間も殺人的な疲労感と殺人的な眠気で意識朦朧としている生活です。今回の記事はその18時間について改めて書いてみたいと思います。ベッドの上で磔(はりつけ)状態になっている時の自分は上記①〜⑨の致命的なストレスの数々に心を蹂躙され、その甚大な精神的な苦痛に耐えねばなりませんでした。そんな超神経衰弱状態でベッドで横たわっている時に、向かいの家からドラム音が聞こえてきて、自分は凄まじい恐怖と凄まじい憎しみを感じたのです。このドラム音は耳栓越しには微細な音量でしたが、自分にとっては「自分を殺しにきている音」のように聞こえました。自分はこの微細なドラム音が自分の睡眠を妨害する可能性を感じたのです。




そう、当時の自分にとって睡眠は自分の命よりも大切なモノになっていました。何故なら殺人的な疲労感と殺人的な眠気を和らげる唯一の方法が睡眠だったからです。また、睡眠をとってもとってもそれらは一向に減りません。それ故に自分の睡眠への欲求は底無しで無限で激烈でした。だからこそ、自分は睡眠を妨害する可能性のある音を絶対に許せなかったのです。少しでも妨害する可能性のある音は微細な音でも許す事は出来ませんでした。




また、当時の自分はベッドに入ってから寝付くまでに1時間を費やさねばならない状態に陥っていました。そう、ベッドに入って目をつぶると上記①〜⑨の致命的なストレスの数々が自分の心を蹂躙し、甚大な精神的苦痛が発生するからです。自分はなんとかその精神的苦痛を1時間耐え、寝付いていました。ですから、その後周りの音で起こされてしまう事を極度に恐れ、憎んでいたのです。それは自分が1時間に渡って甚大な精神的苦痛に耐えて寝付いた、「必死の頑張り」が水の泡になってしまうからです。あの「必死の頑張り」が水の泡になってしまう事を許す事など絶対に出来ませんでした。そして、睡眠を妨害され途中で起きてしまうと、またそこから自分は寝付くまでの間、甚大な精神的苦痛に耐えねばなりません。その意味でも起こされる事を許す事は出来なかったのです。




加えて、自分はベッドに入ってから寝付くまでの間「もしかしたら寝付いた後ドラム音で起こされるかもしれない!!」という予期不安にも苦しんでいました。この予期不安もまた甚大な精神的苦痛となり、自分が寝付くまでのハードルとなっていました。




こんな感じで当時の自分にとってはただ睡眠(仮眠)を取るだけで命懸けだったのです。自分は毎回決死の覚悟でベッドの中に入っていました。あれはホントにキツかった。という訳で今回の記事は、睡眠時の音との戦いについてまとめてみました。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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