鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

首吊りという選択肢の日常化(2006年8月頃・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「「貯金を取り崩す」or「親に補償させる」②(2006年8月頃・30歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、引っ越し後の自分が地獄の2択に追い込まれたという話でした。その2択とは以下の2つです。



①貯金を切り崩して生活費を捻出する。


②生活費を親に補償させる。



そう、自分は引っ越しと東○荘事件の影響でパチンコで稼ぐ気力が消滅しました。そして、引っ越しと東○荘事件により「鬱の廃人」+「鬱の狂人」状態に陥りましたから、バイトするのは到底無理な状態です。稼ぎを失った自分が生活費をどうするのか考えた時に出てきたのが上記の選択肢になります。しかし、自分にとって上記の2つの選択肢は死んでも嫌な選択肢です。振り返ってみますと、自分が地獄の選択を迫られる状況は以前にもありました。そう、それは遡る事半年前、自分が父親から初めて引っ越しの話を聞いた後の事です。この時自分の中には以下の2つの選択肢がありました。


・引っ越しについていく


・一人暮らしをする


しかし、この時も自分はどちらの選択肢も嫌過ぎて、どちらを選ぶ事も出来ませんでした。それぞれの選択肢に自分が感じていた不安感は以下の通りになります。



引っ越しについていく場合の不安感


①その準備において自分の時間やエネルギーを割かなければならない。


②様々な連絡事項について家族とコミュニケーションをとらねばならない。


③ 記憶のサルベージによって自分の精神年齢の成長が小3で止まっていたという事が判明。自分がまだ精神的によちよち歩きの状態だというタイミングの問題。


④「殺したい」よりさらに憎い家族と、その後も一つ屋根の下で住み続けなければならない。




そして、引っ越しについて行かず、一人暮らしをする場合の不安感がこちら。(①、②、③は、引っ越しについていく場合と共通)



[前提として今回の一人暮らしは、「自分がしたいからする一人暮らし」ではなく、「家族の引っ越しについて行きたくないからする一人暮らし」]



①その準備において自分の時間やエネルギーを割かなければならない。


②様々な連絡事項について家族とコミュニケーションをとらねばならない。


③ 記憶のサルベージによって自分の精神年齢の成長が小3で止まっていたという事が判明。自分がまだ精神的によちよち歩きの状態だというタイミングの問題。


④自分の「病的な音への過敏さ」が隣人トラブルを起こしかねない。


⑤貯金が毎月10万しか出来ない。引っ越しとパチンコ稼業で受ける精神的苦痛と全く釣り合っていない。


⑥不動産屋さん、引っ越し業者さん、大家さん、隣人とのコミュニケーションに全く自信が無い。自信が無い所か漠然とした膨大な不安感を抱えている。




自分はどちらの選択肢も選べないまま3ヶ月が過ぎ、東○荘事件が起こったのです。この事件により自分は家族に対して「殺しても殺し足りない」程の憎悪を感じるようになりました。よってどちらの選択肢も自分にとっては死ぬほど嫌な選択肢となったのです。何故ならどちらの選択肢も親が言い出した事で始まっているからです。これにより選択はさらに困難な状況になりました。そこで出現したのが第3の選択肢「自殺」です。どちらの選択肢も死ぬ程嫌なら自殺するしかない、という訳です。自分はこの問題を自殺を含めた3択で考えていき、なんとか「自殺を担保にして引っ越しについて行く」という選択を下したのでした。




そう、ですからこの引っ越しの時の選択肢と生活費の時の選択肢はよく似ているんですよ。2つの選択肢はどちらも自分にとっては死ぬ程嫌なものだったのですから。そして、思考の流れも全く同じ流れを辿る事となりました。そう、引っ越しの時と同様に、この生活費の時の選択でも第3の選択肢「自殺」が出現しましたんですね。さらに同様の流れでこの選択肢は一回棚上げされ、改めて以下の2択となったのです。



①貯金を切り崩して生活費を捻出する。


②生活費を親に補償させる。



自殺という第3の選択肢が棚上げされた事で、この2択で選べなければ自殺という選択肢を取る事になります。そうなりますと、前回同様なんとかマシな方を選ぼうという力が働いたんですね。そこで自分が選んだのは「②生活費を親に補償させる」でした。そう、自分にはどうしても「①貯金を切り崩して生活費を捻出する。」は選べませんでした。親のせいでパチンコ稼業を廃業せざるを得なくなったのに、この上虎の子の貯金を取り崩さねばならないなんてマジで死んだ方がマシでした。一方、「②生活費を親に補償させる」の方ですが、こちらも親とコンタクトを取らなければならない事に関しては本来死ぬ程嫌な選択です。ただし、ここを乗り越えれば親に生活費を補償させる事が出来るかもしれません。そう、補償させる事が出来れば貯金を取り崩す必要はなくなります。自分にとっては、貯金を取り崩さなくて良い分②の方がまだマシでした。そして、問題の親とコンタクトを取る際の致命的なストレスですが、自分は今回も自殺を担保にする事にしました。そう、こういう時の為に新しい部屋にも首吊りのセッティングをしていたのです。引っ越しの時と同様に、致命的なストレスの嵐で自我が崩壊しそうになったら、首を吊ってこの世から離脱すれば良いだけの話です。




前回の引っ越しで選択を迫られた際、自分は「自殺を担保にして引っ越しについて行き、妹とコンタクトを取る。」という最終決断を下す事になりました。「自殺を担保にする」について説明させて貰いますと、引っ越しによって発生する致命的なストレスの嵐で自分の自我が崩壊しそうになったら、首を吊ってこの世から離脱するという事です。いうなれば「安全装置」として「自殺」を使うという事です。実際自分が妹とコンタクトを取る直前には凄まじいストレスの嵐が発生し、ホームセンターに首吊り用の資材を買いに行き、それを自分の部屋にセッティングする事になりました。しかし、今回の生活費の選択においてはそこまでのストレスはかからなかった記憶です。そう、すでに自分は「自殺を担保にした決断」を引っ越しの時にしていましたから、今回は2度目の「自殺を担保にした決断」になるんですね。2度目ともなると、そこまでのストレスは発生しなかった記憶です。「あぁ、はいはい、やばくなったら首吊りだよね」くらいの日常感覚でそれを受け入れていました。そう、引っ越しを経て、もはや自分にとって首吊りは日常の選択肢の一つとなってしまっていました。それ程までに自分は引っ越しの際に「首吊り」の事を常に考え続け、それを心の支えにしていたのでした。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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