鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

首吊り企図の日常化と放火妄想(2006年8月〜2007年3月・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 精神年齢の成長が小学校3年生で止まっている(2006年8月〜2007年3月・30歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、引っ越し後の自分が昔好きだった漫画やファミコンのゲームを集めていた、という話でした。懐かしいですねぇ。引っ越しした2006年6月以降、自分が1日の中で起きていられる時間は6時間くらいだったと思うのですが、その6時間の中でラジオを聞いたり、ガラケーをいじったり、漫画を読んだり、ファミコンをしていた、という事になります。また、仮眠を取った後には比較的スッキリした状態の時もあるにはありましたから、そういう時には外出して、知らない街を歩いたり、ブックオフを周って漫画やファミコンを買ったり、という感じ。そう、とりあえず2006年8月以後は母親から毎月6万が補償される事になりましたから、働く必要はなく、その意味ではホッとした部分がありました。ただ当時の自分は「鬱の廃人」+「鬱の狂人」状態にあり、1日の中で自分が起きていられる時間は6時間くらいでしたし、その起きている6時間も殺人的な疲労感と殺人的な眠気で意識朦朧としていました。かなり制限のある状態でしたが、その制限の範囲内でそれなりに自分のやりたい事はやっていたのかな、という感じもあったりはします。まぁでも「やりたい事」と言っても、引っ越しと東○荘事件のせいで、自分の中にあった「パチンコ」と「カウンセリング」という本当にやりたかった事は消滅してしまいました。その代わりに、「少年時代に面白かったものを集めてみる」というささやかな楽しみを見つけ、そこに逃避していたような感じもあります。もうホント引っ越しと東○荘事件によって自分が受けた心身のダメージは致命的なものがありましたから、そうやって現実逃避でもしないとやってられない所もあったと思います。なんせ「鬱の廃人」+「鬱の狂人」状態ですからね。引っ越しが終わってからも、常に自分はいつでも首吊りをする覚悟で生きていました。いや、もはや首吊りという選択肢が当たり前になり過ぎて、覚悟すらいらない状態になっていたのです。「首吊り」という選択肢が「今日は何食べようかな」くらいの選択肢と同じくらいの軽さになっていました。首吊りへのハードルが異様に下がっている状態がずっと続いていたのです。



このように引っ越し後の自分の心の中では「首吊り企図の日常化」が進んでいったのですが、それと共に「家族を殺したい」という加害妄想も大きくなっていった記憶です。そう、何度も書いていますが、東○荘事件により自分が家族に感じる憎しみが、「殺しても殺し足りない」程まで膨れ上がっていたからです。この加害妄想も激烈でしたねぇ。家族をどう殺せば自分がスッキリするのか、自分は様々な妄想を繰り返しまして、引っ越し後はその事ばかり考えている時期もあった記憶です。それを実行するかどうかは別として、それを妄想せずにはいられなかったのです。そうそう、東○荘事件以前の自分はその溢れ出す憎しみをドアや壁にぶつけて消化していた部分がありましたが、あの事件によりもうそれは出来なくなってしまいましたからね。それをしてしまうと自分は寝付く前に「また激昂した父親が自分の睡眠中に自分の部屋に突入してきて、自分は殺されてしまうのでは?」という恐怖心にさらに怯える事になってしまいます。もうモノに当たるという手は使えません。ですからその代わりに妄想するしかありませんでした。妄想の世界にそのコントロール不能な暴力衝動をぶつけるしか無かったのです。自分は様々な殺害方法を検討したような気がしますが、一番しっくりきたのは、「家に灯油を撒き、火を付ける」でしたね。この方法なら憎くて仕方ないこの新しい家と、「殺しても殺し足りない」程憎い家族を一挙に消滅させる事が出来て一石二鳥です。燃やした後は逃げるのも面倒だし、捕まって刑務所なんてのもまっぴらごめんなので、近くの裏山で首でも吊ろうかなって考えてましたね。そう、これくらい妄想しないと自分の中の苛烈な暴力衝動は収まらなかった記憶です。他にも首吊りではなく電車への飛び込みを妄想していた事もありましたねぇ。都心の電車に飛び込んで電車を遅延させて、両親が莫大な補償金を払わなければならなくさせる、とか。とにかく、自分を殺すだけでなく、この家とこの家族も一緒に消さなければ自分の怒りは収まるものではありませんでした。なんせ自分は家族の事を「殺しても殺し足りない」程憎んでいたのです。ここでいつもの 「引っ越し及び東○荘事件で受けた致命的なストレス一覧」を貼らせて頂きます。




「引っ越し及び東○荘事件で受けた致命的なストレス一覧」



①15年間住み続けた凄まじく愛着のある部屋を奪われる。



② 前年の記憶のサルベージ(言語化)によって自分の学生時代が家庭環境によって滅茶苦茶に破壊されていた事が判明。その上親が言い出した引っ越しの為に自分がさらに時間やエネルギーを割かなければならない。



③引っ越しの情報を得る為に「殺しても殺し足りない」程憎い妹とコンタクトを取らざるを得なくなる。結果自分の中に凄まじいストレスの嵐が発生し、それは自我が崩壊する危険性を感じる程だった。自分は自我が崩壊するギリギリになったら、この世界から離脱できるよう首吊りの準備をしてから妹とのコンタクトに臨んだ。



④前年の記憶のサルベージ(言語化)によって自分の精神年齢の成長が小3で止まっているという事が判明。自分がまだ精神的によちよち歩きの状態だというタイミングの問題。



⑤「殺しても殺し足りない」くらい憎い家族と、その後も一つ屋根の下で住み続けなければならない。



⑥東○荘事件により、家庭内での孤立無援感がさらにエグい事になり、眠りに就こうとすると「自分が眠っている間に激昂した父親が再び自分の部屋に突入してきて、自分は殺されのでは??」という凄まじい恐怖心に襲われるようになる。自分の睡眠はただでさえ「妹のドア音」によって劣化しまくっていたのだが、この凄まじい恐怖心によりさらに極限まで劣化する事に。結果慢性的な疲労感と眠気は果てしなく大きくなり、意識朦朧とした状態で日常生活を送る事になる。そんな中での心の支えは「自我が壊れそうになったら首吊り」という思いだけだった。



⑦東○荘事件によって自分の人生に対する激烈な無力感と虚無感と理不尽感と絶望感も発生。東○荘事件以前から自分はこれらを抱えて生きていたが、東○荘事件によりこれは倍増。そして、これらの倍増によってそれまで抱えていた「自殺願望」が「自殺企図」へと変化。また、激烈な無力感は慢性的な疲労感の極限化の一因にもなった。



⑧「自分の身体」と「自分の時間」が「殺人的な疲労感」と「殺人的な眠気」に支配されてしまい、全く自分の思い通りに使えない。自分の身体と時間がそれらに乗っ取られているかのよう。その無力感と情け無さ。



⑨東○荘事件により、パチンコで稼いでいた時の希望に溢れたモチベーションが完全消失。これによりさらに大きな喪失感と虚無感が発生。また、月30万の現金収入も失い、両親に対して「殺しても殺し足りない」程の憎悪を感じる。




そう、ですからこの①〜⑨の致命的なストレスの数々が、「首吊り企図の日常化」や「放火妄想」を産んでいた、という事になります。なるほど〜。また、①〜⑨のストレスは、前々回の記事でまとめました「予期不安(予期憎悪)❶❷」も発生させていたと考えても良いと思います。 前々回の記事からの引用です。



❶寝付く際のストレスが原因の予期不安

引っ越し後の自分がベットに入り、まぶたを閉じると上記①〜⑨の致命的なストレスに一気に襲われてしまう。自分はその甚大な精神的苦痛に1時間耐えなければ寝付く事が出来なかった。故にその後の睡眠を妨害された時の憎しみは凄まじいものがあった。それは先程の甚大な精神的苦痛に耐えた1時間が無駄になってしまったから。だからこそ、ベッドに入り、目をつむると「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、どうしよう」と凄まじい予期不安にも襲われる事にもなった。また、逆に「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、凄まじくムカつくだろうな」という予期憎悪にも襲われていた。



❷「超睡眠依存症」状態が原因の予期不安

引っ越し後の自分にとって睡眠は命より大事なものになっていた。何故なら眠っても眠っても殺人的な疲労感と殺人的な眠気が全く減っていかない為。しかし、それを減らす為の手段は睡眠しかあらず、それ故に睡眠への欲求が底無しで無限で苛烈になっていった。「超睡眠依存症」とでも言って良い状態。その睡眠を妨害された時の怒りは凄まじい。だからこそ、ベッドに入り、目をつむると「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、どうしよう」と凄まじい予期不安にも襲われる事にもなった。また、逆に「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、凄まじくムカつくだろうな」という予期憎悪にも襲われていた。



まとめますと、①〜⑨の致命的なストレスの数々は、以下の4つの現象を生んでいたという事になります。❶❷は上記の文と一緒です。



❶寝付く際のストレスが原因の予期不安

引っ越し後の自分がベットに入り、まぶたを閉じると上記①〜⑨の致命的なストレスに一気に襲われてしまう。自分はその甚大な精神的苦痛に1時間耐えなければ寝付く事が出来なかった。故にその後の睡眠を妨害された時の憎しみは凄まじいものがあった。それは先程の甚大な精神的苦痛に耐えた1時間が無駄になってしまったから。だからこそ、ベッドに入り、目をつむると「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、どうしよう」と凄まじい予期不安にも襲われる事にもなった。また、逆に「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、凄まじくムカつくだろうな」という予期憎悪にも襲われていた。



❷「超睡眠依存症」状態が原因の予期不安

引っ越し後の自分にとって睡眠は命より大事なものになっていた。何故なら眠っても眠っても殺人的な疲労感と殺人的な眠気が全く減っていかない為。しかし、それを減らす為の手段は睡眠しかあらず、それ故に睡眠への欲求が底無しで無限で苛烈になっていった。「超睡眠依存症」とでも言って良い状態。その睡眠を妨害された時の怒りは凄まじい。だからこそ、ベッドに入り、目をつむると「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、どうしよう」と凄まじい予期不安にも襲われる事にもなった。また、逆に「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、凄まじくムカつくだろうな」という予期憎悪にも襲われていた。



❸「首吊り企図の日常化」
「首吊り」という選択肢が、「今日何食べようかな」と同じくらいの日常的な選択肢になっている。


❹「放火妄想」
家に灯油をまいて、家族もろとも燃やしてやりたい、という妄想。家が燃え尽きたのを見届けたら、逃げるのも刑務所も面倒なので、裏山で首吊り。




なるほど、なるほど〜。いや〜よくまとまりました!



今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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