鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

惨劇過ぎる最終回〜鬱アニメの金字塔「School Days」⑥(2007年7月・32歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 まさかの最終回放送中止〜鬱アニメの金字塔「School Days」⑤(2007年7月・32歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、深夜アニメ「School Days」最終回で起きた事件について書いてみました。自分が超楽しみに「School Days」最終回の放送を待っていましたら、映ったのは海外の風景映像で、その上部には「都合により番組を変更してお送りしています。」との字幕が。2ちゃんねるのアニメ板は「何故だ何故だ」のお祭り騒ぎです。その後情報が出てきまして2〜3日前に女子高生が実親を刺殺する事件が起こり、その事件を彷彿させるので最終回は延期された、との事だったのでした。果たして、「事件を彷彿させる」とはどのような内容なのか、不謹慎ながらさらに最終回への期待感が煽られる感じがあったのを覚えています。そう、自分にとって、この「School Days」という作品は「鬱アニメの金字塔」という位置付けなのですが、その理由の一つにこの「事件性」があったりします。自分は10年間に渡って深夜アニメをがっつり見続けてきましたが、このような事件が起こった作品は後にも先にもこの作品だけなのです。



さて、そんな感じで「School Days」最終回は延期されてしまいました。その後独立U局での放送は見送られ、秋葉原での劇場上映及びネット配信という形に落ち着く事に。そして、延期から2週間後くらいでしたかね。いよいよネット配信が始まりました。では最終回のストーリーを書いていきたいと思います。かなりグロいストーリーになりますので、あらかじめご了承下さい。とりあえず最終回直前までのストーリーはこんな感じ。長くなりますが、前回の記事からの引用です。




『主人公の「伊藤誠」とヒロインの「桂言葉(かつらことのは)」は、共に高校生で、2人は付き合い始めるのですが、2人の関係はなかなか深まっていきません。それに業を煮やした誠は女友達の「西園寺世界」にその事を相談するのですが、実は世界も誠に好意を持っており、相談を重ねるうちに2人は距離が近付き一線を超えてしまいます。そして、これで自制心を失った誠は世界以外の女友達とも一線を超えていく事になります。もはや周りから見ると誠と言葉の破局は明白でしたが、当の言葉だけがその現実を直視する事が出来ません。言葉は内気で奥手な女の子でしたが、誠を思う気持ちは誰よりも強く、それはもはや狂信的ですらありました。言葉の目からは光が失われ、ビー玉のような狂気的な目になっていきます。



自制心を失った誠は次から次に周りの女友達と一線を超えていき、その話は学校内で周知の事実になっていきます。しかし、ここまで事態が悪化しても、言葉は自分と誠が恋人同士であると信じ切っているのです。完全に言葉の目から光は失われ、言葉は自分に都合の良い妄想の世界へと現実逃避をしてしまいます。言葉はクリスマスの予定を聞こうと誠に電話をかけるのですが、当然誠は電話には出ません。しかし、その後言葉はまるで誠が電話に出たかのような様子で楽しげに電話に喋りかけ始めるのです。そう、実際には電話には誰も出ていないのですが、妄想の世界では言葉は誠の声を聞いていたのです。いわゆる「空電話」ってやつですね。完全に言葉がヤンデレ化してしまいました。




そして、誠が最初に関係を結んだ世界の妊娠が発覚します。世界は激しく動揺し、当然誠に相談します。相談を受けた誠ですが、彼は自分のやりたい放題が周りにバレていた事を知り、酷く落ち込んでいる状態です。学校に行っても誰も相手にしてくれません。彼は自暴自棄になっており、その世界からの妊娠の告白に対しても「堕してくれ」と冷たく答えるのみです。これに対して世界は怒り狂います。それはそうでしょう。無責任にも程がありますからね。そして、誠は周りの女の子達に冷たくされた事に絶望し、言葉の元に戻る事になるのです。』



引用終わり


改めて読んでみましたが、やはりすごいストーリーです。アニメの主人公が女の子に堕胎を求めるストーリーなんて自分が知る限り「School Days」だけ。でも自分は「School Days」のそういう所も好きなんですよ。だってこういう話は、現実世界では残念ながら珍しくはない話だと思うからです。アニメという世界に現実世界の冷徹なリアルをぶち込んでいる、そういう所が素晴らしかったなぁ、と思います。




では、最終回のストーリーを書きたいと思います。世界は誠に自分が妊娠した事を伝えるのですが、誠は「堕してくれ」と冷淡に答えるのみです。その身勝手さに世界は怒り狂います。その後も誠の身勝手な言動が立て続けに続き、世界の心は誠への憎しみで溢れ返り、もはや制御不能になってしまいました。その結果、クリスマス当日、誠の部屋を訪れた世界は誠の事を刺殺してしまうのです。以下ショッキングな画像になります。



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一方言葉の方はと言いますと、世界が「自分は誠の子供を妊娠した」と周りに伝えている事を耳にし、世界に対して凄まじい恨みを抱いていました。言葉は誠の事を狂信的に信じている状態ですから、世界の妊娠の話も全く信じていないのです。むしろ世界が言葉から誠を奪う為にデマを流していると信じきっている状態。クリスマス当日、言葉は誠の部屋を訪れるのですが、そこで彼の死体を発見し、怒り狂います。彼を殺したのは世界しかいません。言葉は世界を学校の屋上に呼び出します。2人とも懐に凶器を忍ばせている状態。ちなみに物語の序盤では、2人は仲の良い女友達だったのです。ここからさらに話はグロくなっていきます。



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こんな感じで序盤は仲の良い2人だったのにどうして


2人はこれまで溜まった思いをぶつけ合います。言葉はやはり世界の事が許せない状態です。世界が妊娠という嘘をついて、誠の事を奪おうとしていると信じ切っています。一方世界の方も誠の事が好きだったのに、何故こんな事になってしまったのか、超錯乱状態です。そのぶつけ合いの中で、言葉が妙な事を呟きます。「誠君は今も自分のそばにいてくれている」、と。世界がまさかと思いそばに置いてある言葉のスクールバックの中を開けてみるのですが、その中には誠の生首が入っているのです。嗚咽する世界。言葉は「妊娠が本当かどうか確かめさせて貰います」と呟き、ノコギリで世界に襲いかかります。それに対して世界はナイフで応戦するのですが、言葉のノコギリの方がいち早く世界の首を捉えます。絶命する世界。



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そして、言葉は世界の身体を解体し、世界の妊娠の真偽を確認しようとします。中を開いた言葉はこう呟きます。



「やっぱりウソだったんじゃないですか」
中に誰もいませんよ



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誠の生首のシーンや世界の解体シーンは極力直接的な描写が抑えて表現されており、残酷シーンが極度に苦手な自分でも大丈夫な描写になっていました。




さて、ラストシーンです。夕日が落ちる美しい入江に美しいヨットが浮かんでいます。クリスマスの日に言葉は誠と一緒にクルージングを楽しむつもりだったのです。そのヨットの上で言葉は何かを抱えて横たわっています。そう、誠の生首です。彼の生首を抱いた言葉はとても幸せそうな顔でこう呟きます。



「やっとふたりきりですね 誠くん」



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このシーンで「School Days」完、です。こうやって書いてみますと鳥肌が立ちまくりです。改めて「School Days」という作品が超絶素晴らしい作品だったと再確認出来ました。「School Days」が素晴らしかった所は、女の子達の心が壊れていく様子がホントにリアルに描かれていた所です。そう、自分はこの時32歳ですが、32年間心と身体がひたすら壊れていくだけの人生を送ってきていました。そんな自分を納得させるだけのリアリティがこの作品にはあったのです。特に言葉が現実を受け入れられず盲目的・狂信的になっていく描写は、素晴らしいものがありました。




そして、そのようなリアリティを重ねていった果ての惨劇でしたから、自分はそこに残酷な気持ちはあまり感じませんでした。だって現実世界でも恋愛が拗れての刃傷沙汰なんてよくある話ですからね。もちろんグロ描写がかなり抑え目だったせいもあったと思います。自分は終盤の惨劇に残酷さをほとんど感じなかったどころか、ラストのヨットシーンにカタルシスさえ感じていました。そう、言葉の誠に対する愛情は盲目的・狂信的ではありましたが、それはただひたすらに一途で純愛であり、最終的にはそれは達成されたからです。そう、あのラストのヨットシーンは言葉の世界の中ではハッピーエンドですからね。言葉の歪みまくった認知の中では、あれは最高のクリスマスだったのだと思います。そう、認知が歪み切った病みまくりの言葉がハッピーエンドを迎える、そこに自分は大きなカタルシスを感じたのです。そこには作り手さん側の「言葉への愛情」のようなモノが見え隠れしているような気がしたのでした。




この感じは自分が以前見た映画「嫌われ松子の一生」と一緒です。あの作品においても主人公はどんどん心を病んでいき、悲劇的な結末を迎える事となりました。しかし、自分はその経緯がとても愛情を持って描かれている印象を受け、号泣したのです。作り手さん側がとても愛情を持って、この主人公の一生を描いているな、と感じた矢先の号泣でした。やはり当時の自分自身が「鬱の廃人」+「鬱の狂人」状態で病みに病みまくっている状態でしたからね。心が病んでいるキャラクターが作品の中で大切に扱われていると、自分自身が大切に扱われているように感じ、感動してしまう、という構図だったと思います。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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