鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

「花粉症発症→ぎっくり腰事件」を別のモノで例えてみる(2007年3月・32歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 深夜アニメの交流を通じて小学校3年生からやり直し(2007年7月・32歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が深夜アニメを通じて、ネット界隈の深夜アニメファンと交流し始めた、という話でした。「School Days」を初めとする深夜アニメの感想をSNSにアップし、それにリアクションが貰えるのがとても嬉しかった記憶です。それが2007年6月〜9月って感じですね。さて「School Days」を初めとする深夜アニメが9月の最終週にほとんど終わりまして、10月に入るとまた新たな深夜アニメが始まる事となりました。そういえば、自分は前年の9月から深夜アニメを見始めたのですが、この頃くらいから「深夜アニメ」の記憶と、「その時の自分の現実状況の記憶」が、密接にくっ付いている感じなんですよ。なんというか当時見ていた深夜アニメを思い出すと、一緒に当時の自分の現実状況も思い出す感じです。その傾向が特に強いのがこの先お話しする「CLANNAD」(クラナド)という作品でして、この作品を思い出すと、当時の自分の追い詰められまくった自分の精神状況を思い出すのです。そう、このアニメは2007年10月にスタートした深夜アニメなのですが、この時期から自分の精神状態はさらに悪化していく事になります。という訳で「CLANNAD」のお話しをする前に、当時の現実状況について書きたいと思います。




当時の自分の生活状況ですが、深夜アニメを見始めてからというもの、生活が多少明るくなっている部分はあったと思います。そう、鬱アニメを見ていると救われる感覚がありましたし、ネットの深夜アニメファン同士のコミュニティに所属しているような感覚も味わっていましたからね。ただし、そうは言っても自分が31年間の人生の中で積み上げてきた「鬱量」は宇宙的な規模で莫大です。ですから、深夜アニメで多少明るい気持ちになったとしても、それが日々の「鬱の廃人」+「鬱の狂人」状態を改善させるような事には全く結びつかなかった記憶です。そう、自分は深夜アニメを見始めてからも相変わらず1日のうち18時間をベッドの上で過ごさねばなりませんでした。また、起きている6時間も殺人的な疲労感と殺人的な眠気で意識朦朧としていたのです。この時点(2007年10月時点)で引っ越しから1年と3ヶ月が過ぎていましたが、鬱症状は良くなるどころかさらに悪化していたような気さえします。特に半年程前には引っ越しのせいで花粉症になりましたし、さらにそこからぎっくり腰になってしまいましたからね。自分は両親が言い出した引っ越しの余波で花粉症を発症し、それによりさらなる肉体的・精神的ダメージを受ける事となったのです。



ここで2007年10月の現実状況の話は少し横に置いておきまして、改めて2007年3月に起きた「花粉症→ぎっくり腰事件」について思い出してみたいと思います。当時31歳です。この事件が発生する前、自分はそれまでの人生において家族に2度殺されたも同然でした。1度目は28歳で引きこもるまで、2度目はその後の引っ越しと東○荘事件です。ですから花粉症発症「前」の時点で自分はすでに家族に対して「殺しても殺し足りない」程の憎悪を抱いていたのです。ですから自分にとっては花粉症を発症した「だけ」の事でも、家族に対する憎悪が「殺しても殺し足りない」以上に激しくなるような感覚がありました。そして、この「殺しても殺し足りない以上」の憎悪は、激しい暴力衝動を発生させ、それは自分の心の中で狂ったように暴れ回りました。それにより花粉症発症後の自分はさらに甚大な精神的苦痛を味わう事となり、ますます睡眠が取れなくなり、身体はさらに弱っていったのです。



そんな日々が3日程続いた後、自分はホントに嫌でしたが、花粉症の薬の為に耳鼻科に行こうと外出準備を始めました。その間も自分の心の中は家族への憎悪で溢れ返り、暴力衝動が暴れ回っています。その暴力衝動の炎は凄まじい勢いで自分の心身を焼いていき、自分は凄まじ過ぎる精神的苦痛にも耐えねばならなかったのです。そして、その精神的ダメージはあまりにも甚大でしたから、自分の脳の一部がそれで壊れてしまった感さえあるんですよ。そう、この時のあまりにも凄まじ過ぎる精神的苦痛を自分はこう表現したいです。ここから残酷な表現を書きますが、ご了承下さい。この例えはとある深夜アニメの拷問シーンから着想を得ています。手の指ありますよね。まず自分が椅子に座った状態で、中指以外の指を机に固定します。そして残った中指を残った手で握り、手の甲の方に曲げていきます。当然甲の方に近付くにつれ中指に痛みが発生しますよね。大体45度くらい曲げた時点でもうそれ以上は骨の構造上甲の方には近付けられないと思います。痛みも発生しますからね。とりあえず自分で自分の指を握った場合はそんな感じです。嫌な話になりますが、自分の指を握っているのが自分ではなく、自分に激しい悪意を持っている「拷問者」だった場合の話をしてみたいと思います。拷問者は中指を45度からさらに甲の方に情け容赦なくどんどん曲げていきます。その凄まじい痛みに自分が「辞めてくれ!!!!」と懇願しても拷問者はその力を緩めません。どんどんその力は強くなっていき、中指はゆっくり甲の方に近付いていき、最後には折れて、中指が甲にくっついてしまいます。当然自分は気が狂う程の肉体的・精神的苦痛を味わう事になります。話は戻ります。自分が「花粉症→ぎっくり腰事件」で味わった肉体的・精神的痛みはこれに近いものがあったような気がするのです。つまり先程の拷問者=両親です。うちの両親は自分の意思を無視して引っ越しを強行し、それにより自分は殺人的な精神的・肉体的苦痛を食らう事になりました。そして、この引っ越しが原因で「花粉症発症→ぎっくり腰事件」が起きたのです。




もう少し具体的にこの拷問の痛みを考えます。中指が曲げられている時及び折れてしまった時に気が狂いそうな程の肉体的な痛みが発生するのは言うまでも無いです。そして、それによる精神的な痛みも尋常では無い事は想像に難くありません。そう、先程も書きましたが、自分は拷問者に対して「辞めてくれ!!!!」と泣いて懇願するのですが、拷問者は情け容赦なく、しかもゆっくりと中指を甲の方に曲げていくのです。この時の自分が感じる「無力感」「絶望感」「理不尽感」は果てしない量があるに違いありません。その果てしない量の「無力感」「絶望感」「理不尽感」は自分の脳の一部を破壊する程ではないかと推測します。そして、最終的には中指は折れ、肉体的にも甚大な苦痛を味わう事になるのです。では花粉症→ぎっくり腰の話に戻ります。思い返してみますと、自分は花粉症の発症によって、家族に対して「殺しても殺し足りない『以上』」の憎悪を感じていました。その憎悪は果てしない暴力衝動を発生させたのですが、その裏には果てしない量の「無力感」「絶望感」「理不尽感」があった事は間違いありません。だって自分はこの家族に2度自分の人生を滅茶苦茶に破壊された上、さらに両親が言い出した引っ越しのせいで花粉症になってしまったのですから。自分はその果てしない量の「無力感」「絶望感」「理不尽感」によって脳の一部が破壊されたと思っています。そう、ですから自分は花粉症発症によって脳の一部が破壊される程の「無力感」「絶望感」「理不尽感」を味わった挙句、さらにぎっくり腰という甚大な肉体的痛みも味わう事になったのです。う〜ん、中指の拷問と似ています。




自分は深夜アニメを見ていた際に、この中指の拷問シーンがすごく印象に残っていまして、「このシーンはいつかどこかで何かの表現に使えそうだな」と心のどこかでうっすら考えていた記憶です。なるほど、こういう事だったんですね。「花粉症→ぎっくり腰事件」の痛みを説明する時にぴったりだとは思いませんでした。ちなみにこの深夜アニメは「DARKER THAN BLACK」という作品です。こういった拷問シーンもあるのですが、全体的にはかなり素晴らしい作品です。この作品がいわゆる「鬱アニメ」かどうか難しい所ですが、「鬱アニメ」的要素はけっこうある感じです。ラストシーンで感動して泣いてしまう事もよくありました。



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今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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