鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

人生の中で自己矛盾を起こしていた時期を振り返ってみる(2007年12月・31歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 1日4〜5時間、自分の人生を母親に喋っていく(2007年12月・31歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、2007年11月頃に自分が母親と喋り始めた頃の話の続きでした。この時期の記憶って、自分の心の中ではかなりのカオス状態になっているらしく、書いても書いてもなかなか整理整頓が終わらない感じです。最近のこのブログは同じような内容の記事が続いている感じですが、それを書く事でたぶん自分の心の中は徐々に整理整頓されて行っているのだと思います。読者の方には同じような内容が続き申し訳ないのですが、引き続きよろしくお願い致します。




前回の記事の最後で、自分の中にとても大きな2つの欲求が発生していた、という話になりました。それは以下の2つです。


・「自分の人生を誰かに喋りたい!!」


・「自分の人生の責任追及」


自分はこの2つの大きな欲求に突き動かされ、1日4〜5時間も母親と喋っていた、と。なるほど〜。しかし、毎度毎度書いていますが、本来自分にとって母親は「殺しても殺し足りない」以上に憎い存在です。そんな母親と喋るという選択肢は本来なら絶対にあり得ない選択肢だったのです。自分は母親とすれ違うだけでも激しく発狂するくらい母親を憎んでいましたから、日常生活の中で極力母親とすれ違わないようかなり神経を使っていたぐらいです。では何故に自分はそんな絶対あり得ない選択肢を選ぶ事になったのでしょう。それは自分が「犬の吠え声」に精神的に追い込まれまくり、これまでの人生の中で一番首吊りの実行確率が高い状況に陥っていたからです。そう、自分は常日頃から「自分の正気が失われるギリギリを見極めて首を吊ろう」と思っていました。そして、自分は犬の吠え声の出現により、ただでさえ劣化していた睡眠がさらに劣化していく事になりました。心身はさらに衰弱し、いよいよ「犬の吠え声の幻聴」が聞こえる程追い込まれていきました。それはつまり自分が正気を失いかけている事の証であり、いよいよ首吊りを実行する時が近付いてきていたのです。




そのような状況の中で自分は机に向かいノートで自問自答を繰り返します。「ホントに首を吊る前にやり残した事はないのだろうか???」、と。その中でこれまでなら絶対にあり得なかった「母親と喋る」という選択肢が浮上し、最終的にはそちらを選ぶ事になったのです。そう、ですから母親と喋り始めた時の自分の心の中には究極に矛盾する2つの気持ちが存在していた、という事になります。それは、


・自分にとって母親は「殺しても殺し足りない」以上に憎い存在。そんな母親と喋る事なんて絶対にあり得ない。


・自分の人生を母親に喋りたい!!



の2つです。う〜ん、気持ちが見事に引き裂かれてますねぇ。以前の記事で自分が人生の様々な場面で「両価的」だった、という話をさせて貰いましたが、この時は究極に「両価的」な感じです。(矛盾する2つの気持ちが心を引き裂く(2006年8月〜2007年3月・30歳))「両価的」の意味は相反する2つの価値基準が自分の中にある事、だそうです。いわゆる「自己矛盾」ですね。詳しい意味はこちら→https://kagaku-jiten.com/abnormal-psychology/ambivalence.html




なんかこの時の自分は過去イチで両価的だったような気がしますねぇ。そう、これまでも自分は人生の様々な場面で「両価的」だったのですが、その集大成と言えるぐらいの「自己矛盾」です。そして、自己矛盾が激しければ激しい程、心は大きく引き裂かれ、精神的苦痛も甚大です。



思い返してみますと、自分の人生の中には「両価的」だった時期がたびたびあります。ここからしばらくは、自分の人生の中で両価的だった場面を振り返ってみたいと思います。まず思い出すのは「引きこもりに至る経緯」です。そう、2004年9月(28歳)に自分は部屋に引きこもり、ノートに自分の過去の記憶を書き始めたのですが、そこに至るまでの「経緯」が両価的だったんですね。この「引きこもるまでの経緯」において、自分は以下の大きな自己矛盾を抱えていました。



・学校生活で周りとコミュニケーションが取れず、心身が壊れて行った結果、社会生活と家族から完全脱落。結果「引きこもらざるを得なかった」


・大学でカウンセリングを6年間受けた続けた結果、ノートを使ったセルフカウンセリングが出来る様になっていた。すると、自分の中に『セルフカウンセリング技術を使って自分の「過去」を全て言語化してみたい』、という激しい欲求が発生。それに専念する為に「自分の意志で引きこもった」



う〜ん、見事に引き裂かれてますねぇ。自分の心の中には「引きこもらざるを得なかった」という気持ちと、「自分の意志で引きこもった」という気持ちが半々の割合で存在していたのです。この引きこもりの時期については他にも両価的な部分がありますので、次回の記事で書いていこうと思います。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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