鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

「体調が慢性的にかなり悪い状態」にも関わらず、その異常に気付けなかった(過去編・1995年〜1997年・19歳〜21歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「大学空手部時代の虚し過ぎる自主練(2008年2月・32歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、大学空手部時代の自主練の思い出について書いてみました。そう、自分は空手部のとある練習メニューの恐怖を克服しようと必死に自主練を繰り返したのですが、一向に体力がついたという実感は得られなかったのです。(とある練習メニューについて詳細はこちら→ 空手部時代の話②) そもそも当時の自分は、自主練をする「前」から疲れ切っている状況でしたからね。自分は空手部入部以降とある練習メニューの恐怖でどんどん眠れなくなっていってしまいましたから、慢性的な疲労感と眠気が酷かったのです。自分の意識は常にそれらから攻撃され続けていまして、その激しい精神的苦痛に耐えながら、日々の生活を送っていたのです。ですから、自分は自主練をする「前」から疲れ切っていました。故にそこから自主練をするとなると、かなり精神的に気合いを入れないと始められなかった記憶です。そして、そこからランニングや筋トレを1時間半くらいかけて必死にこなしました。終わった直後は達成感や高揚感でそれなりにいい気分になっていた思います。ところが問題は自主練の翌日です。目を覚ますと、自分の体調は必ずと言っていい程、滅茶苦茶悪化していたのでした。身体は重くてダルくて仕方ないですし、身体は冷え切っていて、真夏にも関わらず鼻水ズルズル。基本的に自分はいつもかなり体調が悪かったのですが、それがさらに2倍くらい悪化しているのです。あれは悲しかったですねぇ。



まぁでもその理由は今になって冷静に考えれば分かります。だって自分は自主練「前」の時点で体調がかなり悪く、疲れ切っていたのです。そもそも運動が出来るような状態では無かったという事です。自主練「前」の時点ですでに身体が限界状態でしたからね。しかし考えてみますと、当時の自分にとってはそれが「普通」の状態だったのです。そう、「疲れ切った状態」が「普通」だったのです。振り返ってみますと、自分は小学生の頃から喘息で苦しむ毎日を送っていましたから、「体調が悪い状態」が「普通」なんですよ。つまり「体調が悪い状態」を「体調が悪い状態」とは認識出来ていないのです。そう、自分にとっては「体調が悪い」=「普通」だったんですね。そういう意識で小、中、高、大学と過ごしてきました。しかもその体調の悪さは鬱の悪化にともない、さらに悪化していきました。自分はその悪化にも全く気付いていません。ですから、大学空手部時代の自分は日常的に「体調がかなり悪い」状態だったのですが、それが「普通」だったんですよ。その「異常性」に全く気付く事が出来ていなかったのです。(流石に大学2年生の中盤になると余りに日々が辛過ぎるので、おかしいと思い、図書館で精神医学系の本を漁るようになるのですが。)そこからかなり無理をして自主練を頑張った結果、滅茶苦茶体調が悪化していた、という事になります。なるほど〜。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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