鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

記憶の海の底にガラクタばかりが積み重なっていく(過去編・1985年〜1992年・9〜16歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「日々の経験や感情を全く言語化せずに過ごしていくと、健康状態を含め「自分がどういう人間」なのか全く分からなくなる(2008年2月・32歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が体験や感情を言語化しなかった事で、どのような弊害が起こっていったのか、という話でした。そう、自分は小学校3年生以降、自分の体験や感情を全く言語化しない人間として生きていく事となったのです。その結果どうなったのかと言いますと、自分の体験や感情を全く把握出来ないまま、成長する事となったのでした。自分は思うのですが、経験した「体験」や「感情」って言語化しないでそのままにしておくと、整理整頓されませんし、感情の消化もされないんですよ。そして、時間が経つとそれらの記憶は、ただただ「カオス状態」で記憶の海の底に沈んでいってしまう。この場合の「言語化」とは主に「お喋り」を指していますが、「書く」事でも同様の効果(整理整頓や消化)は得られると思います。そして、体験や感情が「カオス状態」で記憶の海の底に沈んでしまうと、それを再び思い出すのは容易ではありません。だって「整理」も「消化」もされていませんから、思い出す時の手掛かりが無いのです。ですからこのような「カオス状態」で沈んでしまった体験や感情は、その後の自分の人生に生かす事が出来ません。だって思い出したくても思い出す為の手掛かりが無いのですからね。そして、自分の人生はこの体験や感情の「カオス状態」だけが積み重なっていく人生だったのです。例えて言うなら、その後の人生に全く生かす事が出来ない「ガラクタ」だけが記憶の海の底に積み重なっていった、そんな感じです。




このように小学校3年生以降、自分の記憶の海の底には「ガラクタ」ばかりが積み重なっていきました。ですから、自分の精神年齢の成長は小学校3年生で止まってしまったのです。そう、自分が日々経験する体験や感情を言語化する事は全くなく、それらは「カオス状態」で記憶の海の底に沈んでいく事となりました。ですから、自分は自分自身の事を何一つ把握出来ていませんでしたし、他人に対して興味を持つ事も無かったのです。つまり、小学校3年生以降の自分は、「自分自身を知る事もなかったし、他人を知る事もなかった」のです。これは「社会経験が積み重なっていかなかった」とも言い換えられると思います。こんな自分がその後周りのクラスメートとのコミュニケーションがどんどん困難になっていくのは必然です。自分は孤独感を蓄積させていき、高校1年生で鬱を発症する事となるのでした。






今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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