鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

カウンセリング=安心して素直に自己表現出来る場(過去編・1997年4月頃・21歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「日々の経験が全く蓄積して行かない状態(過去編・1997年4月頃・21歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分がカウンセリングの2回目で何を話したのか、という話でした。そう、自分が話した内容は「自分が大学空手部内で最上級生(3年生)になったものの、最上級生らしく振る舞う事が全く出来ず、とても辛い」です。その辛さは現在の自分(2021年7月)から見たら当然の辛さです。だって自分の精神年齢の成長が小学校3年生で止まっていたのですから。小学校3年生の子供が大学の空手部で副主将らしく振る舞えるはずがありません。ただし、当時の自分はまさか自分の精神年齢の成長が小学校3年生で止まっているとは夢にも思っていません。もちろん小学校3年生以降自分の経験や感情が全く蓄積していない事にも全く気付いていない。なにせ自分は小学校3年生以降全く自己表現をしてきていませんから、自分がどういう人間なのかも全く分からなくなっていたのです。(この場合の言語化とは「お喋り」もしくは「書く事」を指しています。)ですから、当時の自分は最上級生らしく振る舞えない辛さをカウンセリングで喋ってはみたものの、その原因がさっぱり分からず、それ以上話は深まらなかった記憶です。




さて、そんな事を話してカウンセリングの2回目は終わっていきました。2回目は途中から自分の事を少し話す事が出来て、若干すっきりした感じがあった記憶です。また、1回目、2回目を通じて泣きに泣きまくりましたから、その事でのスッキリ感は大きいものがありました。そう、泣く事での癒され感は大きかったです。そして、自分はこのカウンセリングの1回目、2回目でかなりの「安心感」を感じました。自分はその「安心感」によって癒され、号泣したのです。この印象はこの時から現在に至るまで(1998年4月〜2021年7月)一緒です。自分はこの時から7〜8年カウンセリングを受け続けましたが、常にカウンセリングは「安心して喋れる場所」でありました。それにより自分は「素直」に感情や言葉を吐き出し続ける事が出来たのです。これはそういう場所が全く無い人生を送ってきた自分にとって、ホントに有り難い事でした。そう、何度も書いていますが、自分が育った家庭は自分が小学校3年生以降戦争状態に陥りました。これにより家庭は子供の自分が「安心して素直に自己表現出来る場」では全く無くなってしまったのです。そして、小学校3年生「以前」から、我が家は「安心して素直に自己表現出来る場」ではありませんでした。また、親以外の大人が自分に目を向けてくれる事も全くありませんでした。ですから大学3年生になった自分はカウンセリングの初回で衝撃を受けたのです。「こんなに安心して素直に喋れる場所がこの世の中にあったのか!!!」、と。そして、その衝撃もあって号泣し続けたのでした。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





↑クリックして頂くとランキングアップ&アクセス数アップします。ご協力よろしくお願いします。







にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ




PVアクセスランキング にほんブログ村