鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

空手部合宿における精神的ダメージ量は「中指の拷問」2回分(過去編・1997年9月・21歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「合宿の1ヶ月前から「中指の拷問」級の精神的苦痛(過去編・1997年9月・21歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、引き続き大学空手部の合宿の話でした。そう、自分が合宿の「最中」に辛かったのは言うまでもないのですが、合宿の「1ヶ月くらい前」からすでに辛くて仕方が無かったのです。合宿までの1ヶ月間の気持ちを前回記事から引用します。



『故に合宿が始まる1ヶ月前の時点で、精神的苦痛が完全に心の許容量をオーバーしていましたね。完全に自分の心は恐怖感に支配され切っていました。合宿までの1ヶ月間は真っ黒なカーテンの中で膝を抱えて、ただひたすら体育座りしているだけのような日々でした。まるで死刑囚が死刑を待つような気持ちだったと思います。』



この時の自分は極度の鬱状態に陥っていました。そして、このような極度の鬱状態で自主練をしていたのです。週2〜3回、ランニング、坂道ダッシュ、筋トレを1時間程やっていました。しかし、それは以下のような激しい自己矛盾を起こす中での自主練だったのです。



・合宿が恐ろしくて仕方がないので、合宿が始まるまでは極力体力を温存したい。


・合宿最終日の人間サンドバッグの恐怖を乗り越える為には、心肺機能を鍛えるしかない。



う〜ん、心が真っ二つに切り裂かれていますねぇ。この時の精神的苦痛は果てしないものがありました。その果てしないダメージ量は「中指の拷問」級だったと思います。(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)



そして、自分はこのような「中指の拷問」級の精神的ダメージに1ヶ月間耐えてようやく合宿当日に辿り着くのです。合宿前夜は莫大な恐怖感のせいで全く眠れていないのは言うまでもありません。合宿当日の朝、自分は待ち合わせ場所に向かいますが、すでにこの時点で心身共にズタボロのズタボロです。だってここに至るまでの1ヶ月間において「中指の拷問」級の精神的ダメージを受けているのです。さらに前夜は全く眠れていません。この状態で1週間に渡って朝から夕方まで稽古漬けの毎日を送るなんて、狂気の沙汰にも程があります。しかし、当時の自分に合宿を休むという選択肢は全くありませんでした。自分は「自分を変える為に」この空手部を入ったのです。どんなに辛くても逃げる訳には行きませんでした。もし逃げてしまえば、自分を変える事は出来ず、あの惨めな高校時代に戻ってしまいます。それだけはゴメンでした。この思いは当時の自分の中にかなり強く、「強迫観念」のようだったと思います。




そして、自分は待ち合わせ場所に着き、そこから他の部員と共にバスや電車で合宿場所に向かいます。車中の自分の気持ちは「死刑囚が処刑場に連れて行かれるような気持ち」です。自分がこの合宿から生きて帰れるかどうか全く確証がないのです。そして、合宿の1週間が始まります。合宿中の自分が感じていた辛さは以下の5つになります。以前まとめたコピペです。



①いつもは1日2時間〜2.5時間くらいの練習時間が、合宿中は6時間に増え、それが1週間毎日続く。


②練習以外の時間も他の空手部員と寝食を共にするので、心が全く休まらない。


③人間サンドバッグの恐怖のせいで睡眠が極めて浅い。そんな日々が1週間続く。(人間サンドバッグの詳しい説明はこちら→空手部時代の話②)

④合宿が一刻も早く終わって欲しくてたまらないのだけれど、合宿最終日には人間サンドバッグが行われる事が確定しているので、合宿が早く終わる事を願う事も出来ない。 これはかなり両価的な状態で、離人感も発生。(離人感の説明はこちらです→ 〜離人感と冷え性〜


⑤上記の4つの精神的・肉体的ダメージを累計すると、「中指の拷問」級。(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)




そう、⑤の項目にありますように、自分がこの合宿中に受けた精神的ダメージの累計は「中指の拷問」級でした。という事は、自分は合宿「前」の1ヶ月間においてすでに「中指の拷問」級のダメージを受けていますし、さらに合宿の「最中」にも「中指の拷問」級のダメージを受けていた、という事になります。つまり、自分は合宿「前」と「最中」で都合2回、「中指の拷問」を受けていた、と。なるほど〜!これはすごい発見ですねぇ。以前から自分が大学の空手部時代に受けた精神的ダメージ量がエグかったという印象はありました。それは自分の今後の人生の方向性を決定的にさせる程のインパクトがありましたからね。(もちろん鬱方向で)しかし、それが「中指の拷問」2回分もあったとは驚きです。いや〜すごいなぁ。という事はですよ!例の「人生における鬱的な出来事ランキング」に変動がありそうです。以前作ったランキングが以下の通りになります。



「人生における鬱的出来事ランキング」


1位 大学空手部の3年間で鬱がさらに3倍に悪化(1995年4月〜1999年4月・19歳〜21歳)


同率1位 小学校3年生から2年間通ったスイミングスクールにおいて離人感発症(1985年4月〜1987年4月・9歳〜11歳)


同率1位「花粉症→ぎっくり腰事件」(2007年3月・31歳)


同率1位 尿管結石の痛みと、発症の際の父親の信じられない暴言。そして、先程まで痛みにのたうち回っていた自分に対する母親の喧嘩腰の態度。(2003年10月頃・27歳)



5位「東○荘事件」(2006年3月頃・30歳)



6位 高校1年生の時の暴言事件により、鬱を発症(1992年7月頃・16歳)



このランキングの1位の出来事はどれも「中指の拷問」1回分の精神的ダメージを発生させています。この中には「大学空手部の3年間」も入っています。そして、今回の記事で自分が大学空手部の合宿の流れで「中指の拷問」級のダメージを「2回」受けていた事が分かりました。こうなりますと、ランキングにおいて「大学空手部の3年間」は単独1位という事になります。何故なら他の1位の出来事は「中指の拷問」「1回分」のダメージだからです。という訳で新ランキングの発表です!



「人生における鬱的出来事ランキング」


1位 大学空手部の3年間で鬱がさらに3倍に悪化(1995年4月〜1999年4月・19歳〜21歳)


2位 小学校3年生から2年間通ったスイミングスクールで離人感発症(1985年4月〜1987年4月・9歳〜11歳)


同率2位「花粉症→ぎっくり腰事件」(2007年3月・31歳)


同率2位 尿管結石の痛みと、発症の際の父親の信じられない暴言。そして、先程まで痛みにのたうち回っていた自分に対する母親の喧嘩腰の態度。(2003年10月頃・27歳)



5位「東○荘事件」(2006年3月頃・30歳)



6位 高校1年生の時の暴言事件により、鬱を発症(1992年7月頃・16歳)




素晴らしい!よく出来ました。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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