鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

空手部最後の夏合宿を必死に必死に耐える(過去編・1997年9月・21歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「カウンセリングで合宿の恐怖を喋る(過去編・1997年9月・21歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分がカウンセリングで大学空手部の夏合宿について喋っている時の話でした。当時の自分は、自分が合宿に感じている圧倒的な恐怖感を喋ろうとするのですが、上手く表現する事が全く出来ません。そう、この時自分は大学3年生でありまして、それまで通算2年半空手部に在籍しています。ですから、合宿は過去4回経験しているのですが、その4回で経験した空手部の恐怖をこれまで誰にも喋ってきていないのです。というか、合宿で経験してきた事柄全てを言語化してきていません。(この場合の「言語化」とは、「喋る事」もしくは「書く事」を指しています。)というか、自分はそもそも空手部の2年半で経験した事「全て」を言語化していないのです。ですから、空手部に関する全ての記憶はカオス状態のまま記憶の海の底に沈んでいき、他のカオスな記憶と混ざり合い、よりカオス化が進んでいったのです。そう、記憶の海の底には大学以前の記憶も全く言語化されずに沈んでいました。つまり、自分の人生における21年間分の全ての記憶がカオス状態に陥っており、それらがぐっちゃぐちゃに混ざり合い「超カオス化」しているのです。こうなってしまうと、後から何かを思い出すのはとても困難になります。しかも厄介な事にこの合宿の記憶は「中指の拷問」を2回受けるくらいの圧倒的な恐怖の記憶ですからね。(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)
当時の自分がこんなトラウマ中のトラウマを思い出せる訳がありません。そして、自分の脳が勝手にこの記憶を思い出す事を拒否していた可能性もあると思います。余りにも辛過ぎる記憶ですからね。ですから、自分はこの合宿の恐怖をカウンセリングの先生に喋る事が全く出来なかったのです。現在の自分(2021年7月)が直近の7記事で書きました「空手部の恐怖」に関する記事、その文章量の1/50くらいしか喋れなかった印象です。




さて、そんな感じで自分はカウンセリングで合宿の恐怖を喋ろうとしましたが、それを言葉で表現する事は全く出来ません。ですから、合宿に対する恐怖感は全く減りませんでした。自分は毎回絶望的な気分でカウンセリングに通い、絶望的な気分で家に帰ってきました。そんな感じで8月は過ぎ、9月に入ると空手部の稽古が再開してしまいました。合宿は9月の中旬に行われるのですが、合宿までの2週間はいつも通り大学内で週3回稽古が行われます。ただし、内容は通常の練習より厳し目です。何故なら合宿を2週間後に控えているからです。この期間は合宿に向けての体力作りと言った意味合いがある期間でした。稽古時間は1回2.5時間です。「強化練」と呼ばれてましたね。自分はもうこの強化練の時点で恐怖に怯えまくっていましたし、心身共に「鬱の廃人」状態でした。何故なら、これまで書いています通り、8月の自主練の時点で自分は「中指の拷問」を1回受けるくらいの精神的ダメージを受けているのです。そう、8月の自主練において自分は非常に「両価的」な状態に置かれていました。自分の心は以下の2つの気持ちに引き裂かれていたのです。



・合宿が恐ろしくて仕方がないので、合宿が始まるまでは極力体力を温存したい。


・合宿最終日の人間サンドバッグの恐怖を乗り越える為には、心肺機能を鍛えるしかない。


このように自分は心が真っ二つに引き裂かれた中で自主練をしていました。その最中の精神的ダメージと言ったら、自分の脳を破壊する程のダメージだったと思うのです。そう、あれは「中指の拷問」級でした。ですから、自分は合宿前の強化練の時点で「鬱の廃人」状態に陥っていました。以下当時の自分の鬱の諸症状になります。いつものコピペです。



「大学空手部時代の11個の鬱の諸症状」


①大学空手部のとある練習メニューが自分には厳し過ぎて、その恐怖感で夜眠る事が出来ない。(空手部時代の話②)
②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)
離人感(〜離人感と冷え性〜)
④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
⑥限定的な難聴(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
⑦自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
⑧常に訳もなく泣きそうなくらい悲しい。
⑨慢性的な口内炎
10空手部の稽古中の喘息
11空手部のとある練習メニューの恐怖を乗り越えようと、自主練を繰り返すも、翌日の体調が滅茶苦茶に崩れるだけで一向に体力が増える実感を得られない。そのうちに自分の中には「脱力感」「無力感」「虚無感」がどんどん増えていき、これが自殺願望へと繋がっていった。
(大学空手部時代の虚し過ぎる自主練)



おまけ:空手部の稽古中の様子

『空手部の稽古中の自分は、喘息は苦しいわ、めまいは酷いわ、背中の慢性的な疲労感は酷いわ、眠気は酷いわ、酷い冷え性で鼻水ズルズルだわ、滅茶苦茶でした。自分の意識はこれらの症状に攻撃され続け、その肉体的苦痛で頭が狂いそうでした。その苦痛量は心の許容量をオーバーしていましたから、稽古中にも「離人感」を発症していたのです』
(大学空手部時代の虚し過ぎる自主練)


コピペ終わり


自分は上記の鬱状態で空手部の強化練に臨んでいたのです。強化練の最中も精神的ダメージは果てしなく発生し、離人感も発生していた記憶です。そして、強化練の期間が終わると、いよいよ合宿です。合宿の前夜は当然眠れません。合宿の当日は慢性的な疲労感と眠気でフラフラです。上記の諸症状の中に「⑧常に訳もなく泣きそうなくらい悲しい。」とありますが、この感情がかなり強かった記憶です。自分は、合宿に向かう車中「死刑囚が処刑場に連れて行かれるような気持ち」でした。そして、合宿場所に到着すると合宿開始です。以前の記事でまとめた合宿中の辛さは以下の5つになります。



①いつもは1日2時間〜2.5時間くらいの練習時間が、合宿中は6時間に増え、それが1週間毎日続く。


②練習以外の時間も他の空手部員と寝食を共にするので、心が全く休まらない。


③人間サンドバッグの恐怖のせいで睡眠が極めて浅い。そんな日々が1週間続く。(人間サンドバッグの詳しい説明はこちら→空手部時代の話②)


④合宿が一刻も早く終わって欲しくてたまらないのだけれど、合宿最終日には人間サンドバッグが行われる事が確定しているので、合宿が早く終わる事を願う事も出来ない。 これはかなり両価的な状態で、離人感も発生。(離人感の説明はこちらです→ 〜離人感と冷え性〜


⑤上記の4つの精神的・肉体的ダメージを累計すると、「中指の拷問」級。(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)



上記の通り、自分は合宿中にさらにもう1回「中指の拷問」級の精神的ダメージを受ける事となるのです。自分は必死に必死にそれに1週間耐え、なんとか合宿から帰ってきました。家に着くと「今回もなんとか生きて帰れた、、、」って感じでしたね。これで3年生の夏合宿がなんとか終わりました。残る空手部の合宿は翌年の3月に行われる春合宿のみです。そして、この春合宿が終われば、空手部を晴れて引退出来るのです。それは恐怖の日々からの解放を意味していました。自分はなんとか自分の気持ちを奮い立たせて、残り半年の練習に臨もうとしていました。




不定期おまけコーナー:自分の唯一の趣味である「服」の画像を貼っていくコーナーです。



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昨日美容院に行った時の格好です。全体的に白っぽいw


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サイコバニーのポロシャツ〜


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今週買ったばかりのNike×FTC〜


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淡い色合いが滅茶苦茶可愛くてお気に入りです。



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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