鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

最後の春合宿スタート(過去編・1998年3月・22歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「空手部引退後も不毛な自主練は続く(過去編・1997年12月・21歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が大学内での空手の稽古を終えた、という話でした。(大学3年生の3月中旬・21歳)自分は3年間に渡り、大学内で累計450回の空手の稽古に参加したのですが、最後の1回がこれで終わったのです。あれは嬉しかった。残すは5泊6日の春合宿のみです。いよいよ夢にまで見た「空手部引退」の日が直前にまで近付いていました。




それから1〜2日後、いよいよ春合宿が始まりました。これが最後の合宿であり、空手部における最後のイベントです。この合宿が終われば空手部を引退出来るのです。この最後の春合宿が行われた場所を現在の自分(2021年7月)は思い出す事が出来ません。ちなみにそれまでに行われた合宿の場所はこんな感じです。


1年 夏合宿 新潟苗場 春合宿 覚えていない

2年 夏合宿 長野のどこか 春合宿 千葉の沿岸

3年 夏合宿 新潟苗場 春合宿 覚えていない

(通っていた大学の場所は東京都心)


まぁやはり自分は疲労感と眠気で頭がボーッとした中で空手部生活を送っていましたから、記憶も曖昧な感じです。細かい場所を覚えていませんし、何県かすら覚えていない合宿もありますからね。記念すべき最後の春合宿に関しても、何県に行ったのかすら覚えていません。そして、その場所にバスで行ったのか、電車で行ったのかもよく覚えていない。ただ、泊まった民宿の中の感じはなんとなく覚えています。



民宿到着の翌日、空手部の8人は近くの体育館に移動し、いよいよ春合宿の稽古が始まりました。あと5日この稽古に耐えれば、もう稽古に出なくても良いのです。当時の自分の心の中には相変わらず空手部の稽古に対する恐怖感がありました。自分はそれまでの2年半、空手部のとある練習メニュー(人間サンドバッグ)に対して「殺される」程の恐怖感を感じ続けていたのです。(人間サンドバッグの詳しい説明はこちら→空手部時代の話②)自分はその凄まじい恐怖感が原因で夜眠れなくなり、鬱がどんどん悪化していってしまいました。しかし、この最後の春合宿においてはその恐怖感はピーク時の半分くらいまで減っていた印象です。そう、この時の自分は空手部の最上級生であり、空手部の副主将です。練習メニューをコントロールできる立場にいました。とは言っても自分の場合は全くの名ばかり副主将です。最上級生が2人だけですから、自動的にそういう肩書きになってしまっただけの話。以前の記事にも書きましたが、自分は後輩達と何を喋れば良いのか、全く分からなかったのです。自分は空手部員として3年近く活動していたにも関わらず、空手部の経験やノウハウがまるで蓄積していませんでした。ですから、副主将としては全く何も機能していませんでしたし、最上級生としても何も機能していません。




その代わりに頑張っていたのが、同期の「A」です。ここら辺の話も以前の記事でさせて貰いました。彼は主将のポジションに就き、主将として空手部を引っ張り続けていました。そして、副主将の自分が全く機能していませんでしたから、副主将の機能も彼が兼務していました。そう、彼は空手部を引っ張っていくだけでなく、後輩達6人のフォローなんかも彼一人でやっていた記憶です。彼はホントに面倒見の良い暖かい男でした。そして、当時の自分はそんな彼に申し訳ない気持ちを持っていました。「副主将として全く機能出来ず、申し訳ない」、と。実際に自分は彼にその気持ちを伝えたような気もしますね。すると彼は笑顔で「大丈夫、大丈夫。〇〇はいてくれているだけで全然いいよ」と言ってくれた記憶です。あれは有り難かったなぁ。



そんな心優しい「A」ですから、自分が「殺される」程怯え続けていた練習メニュー(人間サンドバッグ)、これについてもある程度は理解を示してくれていました。ですから、彼が主将に就き、練習メニューをコントロール出来る立場になると、彼はなるべく人間サンドバッグを行わないように配慮してくれていました。いや〜懐かしい。そしてやむを得ず人間サンドバッグを行う際は自分に事前に教えてくれましたね。そして、「追い込むような感じにはしないから」って言ってくれてたような。いや〜、ホント「A」にはお世話になりっ放しでしたねぇ。このように「A」は自分に対してとても気遣いをしてくれましたから、自分が空手部に対して感じていた恐怖感はピーク時に比べると半減していたのでした。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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