鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーション、発達障害について

30年間鬱と闘病した46歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。引きこもり歴15年、就職経験無し、発達障害歴&彼女いない歴45年。skipper1242でツイッターもやってます。

春合宿終了直後の開放感(過去編・1998年3月・22歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 大学空手部最後の1日(過去編・1998年3月・22歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、春合宿の最終日の朝の話でした。そう、我々空手部一向は、春合宿でお世話になった民宿を後にし、OBの先輩達が用意してくれた車で大学に戻っていきました。ただこの時民宿から大学までどれくらいの時間がかかったのか全く覚えていません。まぁなんせ現在の自分(2021年8月)は、この春合宿がどこで行われたのかすら全く覚えていませんからね。予想するに千葉とか静岡とか栃木とかですかねぇ。都心から車で行けるとなるとそんな距離感だと思います。そんな感じで空手部一行は、たぶん2〜3時間くらいかけて車で都心の大学に戻ってきました。ようやくこれで春合宿は終わり、空手部の3年間も終わりです。空手部一行は大学に帰ってくると、ミットなどの備品を道場に戻しました。そして、大学のロビーで主将の「A」が後輩達に春合宿の締めの挨拶を始めました。ここで「A」が何を言ったのかは全く覚えていません。自分の心の中は相変わらず「早く終われ、早く終われ」しか無かったですからね。「A」の挨拶が終わり、最後に「それじゃ解散!」という言葉が響き渡りました。これでようやく空手部の3年間が終わりです。自分は一刻も早くその場を離れたかった記憶です。しかし、解散の言葉の後も「A」や後輩達はなんだかんだ喋っていますので、自分一人だけ帰るのも変な気がして、その場にしばらくはいた印象です。一応副主将ですからね。いつもの「周りの話をなんとなく聞いてる」風を装ってその場にいたような気がします。そして、15分くらい経ち、なんとなく帰るような雰囲気がしてきましたので、「A」に「んじゃ俺帰るわ」と耳打ちして、そっと大学のロビーを後にしました。いつもなら空手部からの帰り道は「A」と一緒なのですが、この日は一人で帰りましたね。というか自分は一人で帰りたかったのです。一刻も早く一人になり、空手部からの開放感を味わいたかったのです。




そして、自分は大学を出まして、大学近くの駅前まで歩いていきました。自分の肩には重いボストンバックが掛かっていましたね。その中には合宿で使った下着や道着が入っていてなかなかの重さになっていました。そんな重さを肩に感じながら、2〜3分歩きまして、いつもの馴染みの駅前に着きました。ここまで歩いてきてようやく自分は「あぁ空手部の3年間がようやく終わった、、」と心から実感しました。そう、現在の自分(2021年8月)は、この時の気持ちや、この時の駅前の情景を色鮮やかに思い出す事が出来ます。なんかねぇ、それはいつもの駅前の風景なのですが、この日だけはやけに青空がキレイに見えた記憶なんですよ。そう、駅ビルの上の春の青空がとてもキレイでしたね。春の光も暖かく感じました。自分はその場にボストンバッグを下ろし、空を眺めながらしばらく感慨に浸った記憶です。「ホントにホントに終わったんだなぁ、、」、と。そう、3年間続いた、布団の中で「死の恐怖」に怯え続ける日々は終わったのです。その開放感がまずありました。




しかしその直後、自分は深々と「はぁ、、、」と、ため息もついた記憶です。そのため息は「一体この空手部の3年間は何だったんだ、、」、というため息です。そう、自分はこの3年間、文字通り死に物狂いで空手部の稽古に参加し続けました。しかし、そこでポジティブな出応えを得られた実感は全くないのです。そもそも自分はこの空手部に「自分を変える」為に入部したのですが、3年間を終えてみると、自分が変わった実感は皆無でしたし、自分に自信が付いた感じも皆無でした。そこから来る「虚脱感」は凄まじいものがあり、それが深い深いため息となって出てきました。しかし、この時はここら辺の虚脱感に関しては深くは考えませんでしたね。というか、深くは考えたくありませんでした。ようやく3年間の空手部生活が終わったのです。まずはそこからの開放感を味わいたかったですし、この時の自分の身体は滅茶苦茶な疲労困憊状態でもありました。そう、5泊6日の春合宿を終えた直後です。春合宿中の連日の稽古による疲労感は凄まじく、この時の自分の中にそんな深い事を考えるエネルギーは皆無でした。もちろん、この3年間で自分が受けた精神的ダメージも致命的です。自分はすぐにその問いを考えるのを辞めました。



しかし、「空手部の3年間は一体なんだったんだ、、」という問い、この問いは自分の心の奥に深く深く突き刺さりました。自分は後日この問いに向き合う事になります。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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