鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

大学でカウンセリングを受け始めるまでの精神履歴(過去編・1998年11月・22歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「大学空手部引退後の9個の鬱の諸症状(過去編・1998年11月・22歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が大学4年生の2月に大学受験をし、2つ目の大学に受かった、という話でした。これで自分は2つ目の大学で新たに大学生活をやり直す事になりました。そして、自分は現在の大学に向かい、この事をカウンセラーのS先生に報告しました。S先生の反応は覚えていませんが、たぶん喜んでくれたと思います。とはいえ、大学を変わる事になりますから、S先生とはあと1ヶ月程でお別れという事になります。S先生は大学内のカウンセリングセンターに所属しているカウンセラーです。自分が新しい大学に移れば、もうS先生のカウンセリングを受ける事は出来ません。自分はそこに寂しさを感じていた記憶です。そう、この2年間S先生には様々な話を聞いて貰いました。空手部の副主将としての辛さから始まり、自分が大学内で孤立している話を色々聞いて貰いましたからね。この2年間、S先生のカウンセリングが自分の心の大きな拠り所になっていたのは確かです。そして、カウンセリングの素晴らしさもここで教えて貰いました。そう、自分はここで生まれ初めて「安心して素直に」喋る事を覚えたのです。これは何より大きい事でした。



遡る事2年前、自分は大学3年生の4月にS先生のカウンセリングを受け始めました。このカウンセリング初回の衝撃を自分は一生忘れないと思います。そう、カウンセリングが始まるとS先生は自分の前に座り、優しい眼差しで「今日はどうしました??」という質問を投げ掛けてきました。自分はその問いを聞いた途端、一気に涙腺が崩壊し、号泣し始めたのです。自分は先生からの問いに答えようとするのですが、次から次に涙と嗚咽と鼻水が出てきてしまって、全く言葉が出て来ません。先生がティッシュを用意してくれまして、自分はそれで涙や鼻水を拭いていましたね。自分はS先生の質問を聞いた瞬間にかなり大きな衝撃を受けたのです。それは自分に対して暖かな興味を持ってくれる大人がこの世の中にいた、という事実に対してです。そう、幼い頃から自分の周りには自分に対して暖かい興味を投げかけてくれる大人は皆無でした。




ここからは、自分がカウンセリングを受け始めるまでの精神履歴を改めて振り返ってみたいと思います。うちの両親は幼い自分の事を物理的には何不自由なく育てていましたが、精神的には完全に自分は放置されていました。そして、両親以外の大人が自分に対して暖かな興味を投げかけてくれる事も全く皆無です。ですから、子供の頃の自分は自分の感情をほとんど自己表現しない子供だったと思います。さらに小学校3年生以降、家庭環境は戦争状態に陥り、ますます自分は放置されていきました。この頃から自分は持病の喘息を急激悪化させ、小学校の半分を休むようになっていきました。こんな状況で自分はますます自己表現しなくなっていったのです。これにより自分は日々の経験や感情を全く言語化せず成長する事となりました。(この場合の「言語化」とは、「喋る事」もしくは「書く事」を指しています。)



自分は思うのですが、日々の出来事や感情は言語化して表現していかないと、事実関係が整理整頓できませんし、感情の消化も出来ません。また、何か失敗や挫折をした際にも、それを言語化していかないと、そこから教訓や学びを得る事が出来ません。ですから、自分の日々の経験や感情は全く整理整頓も消化もされないまま、「カオス状態」で記憶の海の底に沈んでいく事となったのです。「カオス状態」で沈んでいった記憶は他の「カオス状態」の記憶と混ざり、さらにぐちゃぐちゃに混ざり合っていきます。「超カオス状態」です。こうなると後からその記憶を思い出すのはかなり困難になります。それはさながら「記憶のゴミ屋敷状態」です。そして、思い出せない記憶は「無かったも同然」なのです。ですから、自分は小学校3年生以降、全く人生経験を積み重ねていく事が出来なくなってしまったのです。そう、精神年齢の成長が小学校3年生で止まってしまったのでした。



その後自分は精神年齢の成長が小3で止まったまま身体だけが成長していく事になりました。精神年齢が小3で止まっていますから、周りの空気が全く読めず、小、中、高と様々な失言、暴言を繰り返していきます。もちろんこれらの事件についても自分は誰にも喋る事が出来ず、その記憶はトラウマとして記憶の海の底に沈んでいく事となりました。この流れの中で自分は孤独感と挫折感を募らせていき、高校1年生の時に鬱を発症します。しかし、高校時代の自分は、自分が鬱を発症した事に全く気付いていません。自分は過去の記憶を全く思い出せなくなっていましたから、自身の健康状態の変化すら把握できなくなっていたのです。ちなみに高校時代の鬱の諸症状は以下の通りになります。


「高校時代の4つの鬱の諸症状」


①食欲の完全消失

②日曜夜ごとの激しい喘息

③慢性的な疲労感と眠気

④学校生活中の激しいめまい


自分の高校生活の3年間は上記の鬱の諸症状に苦しむ中で過ぎていきました。同時に自分は学校生活において全く周りのクラスメートとコミュニケーションが取れなくなっていました。そう、自分の意識は常に上記の鬱の諸症状に攻撃され続け、常に酷い肉体的苦痛を感じ続けていました。そんな精神状態で友達と楽しくコミュニケーションをとるような気分には全くなりません。



また、先程書きました通り、自分の精神年齢の成長は小学校3年生で止まっていました。ですから、人生経験がまるで蓄積していっていないのです。そう、自分は「自分自身がどういう人間なのか」全く知る事なく成長していきました。ですから、自分がどういう人間なのか、周りに表現する事が全く出来ません。また自分自身がどういう人間か全く分かっていませんから、他人への興味も全く湧かないのです。こんな人間が周りと人間関係を築けるはずがありません。




つまり高校時代の自分は、以下の2つの理由で全く周りとコミュニケーションが取れなかったのです。


①鬱の諸症状による肉体的苦痛が酷く、周りとコミュニケーションを取る気力が無い。


②小学校3年生以降、日々の経験や感情が全く蓄積していないので、自分の事を全く把握できていない。故に自分の事を全然自己表現出来ないし、他人に対する興味も皆無。



自分は上記の理由により、周りと全くコミュニケーションが取れず、酷く虚しい高校時代を送る事になったのです。そこで自分はこう思ったのです。



「大学に入ったら、これまで喘息のせいで避けて来た運動系の部活に入って、自分に自信を付けたい!そして、自分に自信を付けて、コミュニケーション能力を改善させたい!!」





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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