鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

カウンセリング2回目(過去編・1998年11月・22歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「カウンセリング初回で大号泣②(過去編・1998年11月・22歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が大学3年生の4月からカウンセリングを受け始め、その初回の話でした。自分はカウンセリング初回の1時間半、ずっと号泣し続け、全く言葉を発する事が出来なかったのです。そう、自分の心の中には以下の2つの感情が溜まりに溜まっていました。



①21年間分の孤独感、恐怖感、無力感、虚無感、疲労感、絶望感


②少なくとも「中指の拷問」2回分の精神的苦痛

(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)



これらの感情が涙となって外に噴出した感じです。そして、カウンセリングの初回、自分は1時間半何も喋る事が出来ず、ただただ涙と鼻水を流しただけで終わったのでした。



それから2日後くらいにカウンセリングの2回目がありました。自分はまたしても最初の30分間泣き続けた記憶です。そして、それ以降は流石に涙は止まり、自分は先生に自分の辛さを喋り始めました。しかし、その喋りはとても拙く、とてもゆっくりだった記憶です。一言喋ると、10分〜15分は沈黙が続く事も良くありました。それもそのはずです。以下の2つの理由により、自分はなかなか言葉が見つからない状態だったのです。


①過去21年間分の記憶が全く整理整頓されず、ぐちゃぐちゃに混ざり合い、「超カオス状態」に陥っている。自分がどのような人生を歩んできたのか、全く把握出来ていない。


②それまでの人生において「自己開示」を全くした事がないので、カウンセラーの先生に自分の弱さを見せると馬鹿にされそうな気がしている。



う〜ん、そりゃ喋れません。しかし、喋っていかないと、自分がどうしてあれ程までに号泣し続けたのか、先生に分かって貰う事は出来ません。ですからとりあえず自分は最近の自分の辛さを先生に喋り始めました。最近の記憶なら、過去の記憶が「超カオス状態」の自分でも思い出す事が出来ました。その最近の辛さとは、「自分が大学の空手部で副主将になったものの、副主将らしく全く振る舞えなくて辛い」、です。自分は空手部において副主将になったものの、後輩達に何を喋れば良いのか全く分からず、精神的にとても追い込まれていたのです。自分はこの事を喋り終えるとS先生の顔を伺いました。するとS先生はこちら側を労るような声で「そうなんだ〜」ととても真摯なリアクションを返してくれたのです。自分はそのリアクションを見て「あぁこの話をしてもS先生は自分の事を馬鹿にしたりはしないんだな」とホッとしたものです。そして、この日のカウンセリングの帰り道は、ほんの少しだけ自分の心が軽くなったような気がしたのでした。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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