鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

自動車免許を取るも一瞬でペーパードライバーに(過去編・1999年6月・23歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「2つ目の大学に入り直すも、3ヶ月後には大学内で孤立(過去編・1999年6月・23歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が2つ目の大学に入り直ししたものの、3ヶ月後には早くも大学内で孤立していた、という話でした。時期的には1999年の7月頃(23歳)って感じです。そう、その頃にはクラス内の人間関係から脱落していましたし、手品サークルもフェードアウトしていました。入学3ヶ月目にして早くも大学生活に暗雲が立ち込めていましたね。その頃の思い出がもう一つありますので、今回の記事はその話を書かせて貰います。そう、その頃に自分は自動車学校に復学したのです。自分は早くも大学内で孤立していましたから、別の居場所を求めて自動車学校に戻ってきてしまいました。そう、遡る事半年前、自分はこの自動車学校を休学していました。理由は体調が酷くて、全然自動車の運転技術が頭の中に入って来ないからです。当時の自分は9個の鬱の諸症状を併発しており、集中力や注意力がほぼほぼ無いような状態でした。以下9個の鬱の諸症状のコピペになります。



「大学空手部引退後の9個の鬱の諸症状」


①空手部を引退後、『翌日の空手部の稽古が恐ろしくて眠れない』という状況は無くなった。しかし、空手部の3年間で受けた精神的ダメージは少なくとも「中指の拷問」2回分。これにより脳の一部が破壊された感がある。よって、空手部引退後も破壊された脳は元に戻らず、睡眠の不安定さはそのまま残った。(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)

②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)
③酷いめまいと離人感(〜離人感と冷え性〜)
④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気。背中の疲労感は余りにも酷く、それは「疲労感」というより「激痛」という方が妥当。例えるなら「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」。(〜慢性的な疲労感と眠気〜)

⑥自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
⑦何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分が、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい事
⑧慢性的な口内炎
⑨ 空手部を引退後も自分は以下の2つの理由でトレーニングを続けてしまった。(トレーニングの内容は、ランニング、坂道ダッシュ、縄跳び、筋トレなどで、1時間程度のトレーニング。頻度は週3回。)


❶大学空手部を引退した事で自分の心の中にかなりの開放感が発生。その開放感の理由は以下の3つ。


⑴死の恐怖に怯え続け、永遠に続くと思われた空手部の3年間がようやく終わった。


⑵空手部の稽古に殺されずに、生きて空手部を引退する事が出来た。


⑶この3年間、自分の脳内の中心部分には空手部の恐怖が常に居座り続けていた。その空手部の恐怖がようやく無くなった。


上記の開放感により、「空手部の恐怖」が無い状態での「自主練」をやってみたくなってしまった。



❷空手部を引退した事で自分の心の中に以下のような思いが発生した。


「自分は大学空手部の過酷過ぎる3年間を耐えたのだから、体力がかなり付いたに違いない!!」

この体力を生かすべく自主練を続けていった。(しかし、実際には空手部の3年間で体力は全く付いていなかったし、それどころか鬱は3倍に悪化していた。)


そして、空手部の頃と同様にトレーニングをしても一向に体力が増える実感が得られない。トレーニング翌日に体調が滅茶苦茶に崩れるだけ。翌日目が覚めると自分の身体はとても重くてダルく、身体は冷え切っていて、鼻水はダラダラ。食欲は当然全く無く、背中の疲労感は疲労感というより激痛。故にトレーニングすればする程、自分の中にはさらに「孤独感」「脱力感」「無力感」「虚無感」が増えていき、これが更なる自殺願望へと繋がっていった。そして当時の自分はトレーニングをすればする程心身が衰弱していく悪魔のからくりに全く気付いていない。このトレーニング行為は「無意識的な全力の自傷行為」とも言える。



おまけ:サークル活動を始めとする様々なモノに挑戦している時の自分の体調


『こんな状態(鬱の廃人状態)じゃどこ行ったって、グダグダです。どこ行っても、「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」の激痛が自分を襲ってくるのですから。加えて、冷え性も酷くて鼻水ダラダラ、めまいも頻発です。自分の意識の95%はそれらの精神的・肉体的苦痛に占領されており、集中力や意欲の欠片もありません。この状態は特に上記⑨のトレーニングの翌日が酷かった記憶です。』




ですから、自分は自動車学校に3ヶ月通ったものの、まるで上達を感じられず休学したのでした。そして、半年後自分は再び同じ自動車学校に戻ってきました。早くも新しい大学で居場所を失っていたからです。しかし、自分の体調は相変わらずの「鬱の廃人」状態です。このままでは自動車免許合格はかなり難しい。そこで自分は考えました。「別にマニュアル免許で取らなくてもよくね?」、と。そう、自動車免許にはマニュアル免許とオートマ限定の2種類があり、自分は最初マニュアル免許で取ろうとしていました。しかし、マニュアルだとギアの操作が難しくて、それの操作がかなり辛い所があったのです。そう、集中力や注意力がほとんど無い自分にはあの操作は複雑過ぎました。そこで自分は復学を機にオートマ限定に目標を切り替えました。オートマなら厄介なギアの操作はないですからね。自分は新たな目標を胸に自動車学校に通い始めました。




しかし、自分の体調は相変わらずの「鬱の廃人」状態です。背中の疲労感はかなり酷く、それは疲労感というより激痛です。そして、冷え性で鼻水はズルズルですし、めまいも酷い。このような状態で自動車学校に通うのはかなりキツかった記憶です。しかし、自分的に自動車免許はここで取っておいて損は無いという感じがありました。そして、2つ目の大学にはもう居場所がありませんでしたから、ある意味背水の陣でなんとか自動車学校に通い続けたのです。車の運転の方はオートマ限定に変えたおかげで、操作が楽になり、負担感が減った記憶です。それにしたって先程も書きました通り体調はズタボロです。集中力や注意力が低下しまくっている状態での自動車の運転はかなり危なっかしかった記憶です。実際、自分は隣に座っている先生が唖然とするような大ミスを何回かやった記憶がありますからね。しかもすごく大事な最後のテストの時に、アホみたいなミスをして、1回は卒業がおじゃんになったりもしていました。それでも自分はなんとか通い続け、なんとか車の運転のテストに合格しました。




そして、車の学科の方も、まぁなんとかなった記憶です。元々勉強は不得意な方ではありません。体調がズタボロながら頑張って知識を頭の中に詰め込んでいきました。そう、自分はすでに原付の免許を持っており、4〜5年の間大学への通学に毎日原付を使っていました。ですからなんとなくすでに交通ルールは一通り頭の中に入っている状況ではあったのです。そんな状態から勉強していき、なんとか学科のテストも合格出来ました。これでようやく自動車免許が取れたのです。自分はとりあえずは胸を撫で下ろした記憶があります。



そんな感じで自分は「鬱の廃人」状態ながら、頑張って自動車免許を取る事が出来ました。ちなみに当然ですが自分は自動車学校でも友達を作れていません。誰とも喋らずに終わりました。さて、このように頑張って免許を取ってはみたものの、結局はほとんど車に乗る事はなく、すぐにペーパードライバーになってしまいました。だって自分の体調は「鬱の廃人」状態です。集中力や注意力が低下しまくっている中での車の運転は、当時の自分自身とても怖い感じがしていたのです。車体感覚はまるで掴めていませんでしたし、大きい道で車の流れに乗るのも怖くて仕方ありません。いっつも冷や汗をかいている感じの車の運転でした。また自分には車で行きたい場所も特に無かったのです。自分は彼女はおろか同性の友達さえいなかったですから、ドライブを楽しむような事も全く無かったのでした。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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