鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

どうしてどこに行っても人間関係を作れなかったのか(過去編・1999年6月・23歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「トレーニングをしても全く体力が付かないし、それどころか体調を壊すばかり(過去編・1999年6月・23歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分がタップダンス教室の発表会に出る事になってしまった、という話でした。あれは嫌な感じでしたねぇ。今回の記事は当時の自分の健康状態についてまとめてみたいと思います。そもそも普段のダンスダンス教室ですら、自分の体調は鬱の諸症状でボロボロだったのです。酷い冷え性で鼻水はズルズルでしたし、背中の慢性的な疲労感も滅茶苦茶キツかった。それはもはや疲労感ではなく、「背中をナイフで思い切り刺され続けているような激痛」だったのです。そして、めまいも発生していますので、頭はフラフラです。自分はこれらの肉体的苦痛が辛くて辛くて仕方なく、頭の中はこれらの肉体的苦痛で占領され切っていました。こんな状態でタップダンスを習っても、それは全く頭の中に入ってきません。そう、タップダンスに対して集中力や注意力を向けられるような状態では無かったのです。当時の自分が苦しんでいた鬱の諸症状は、上記以外にも9個ありますので、それを貼らせて貰います。



「大学空手部引退後の9個の鬱の諸症状」



①空手部を引退後、『翌日の空手部の稽古が恐ろしくて眠れない』という状況は無くなった。しかし、空手部の3年間で受けた精神的ダメージは少なくとも「中指の拷問」2回分。これにより脳の一部が破壊された感がある。よって、空手部引退後も破壊された脳は元に戻らず、睡眠の不安定さはそのまま残った。(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)

②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)
③酷いめまいと離人感(〜離人感と冷え性〜)
④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気。背中の疲労感は余りにも酷く、それは「疲労感」というより「激痛」という方が妥当。例えるなら「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」。(〜慢性的な疲労感と眠気〜)

⑥自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
⑦何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分が、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい事
⑧慢性的な口内炎
⑨ 空手部を引退後も自分は以下の2つの理由でトレーニングを続けてしまった。(トレーニングの内容は、ランニング、坂道ダッシュ、縄跳び、筋トレなどで、1時間程度のトレーニング。頻度は週3回。)


❶大学空手部を引退した事で自分の心の中にかなりの開放感が発生。その開放感の理由は以下の3つ。


⑴死の恐怖に怯え続け、永遠に続くと思われた空手部の3年間がようやく終わった。


⑵空手部の稽古に殺されずに、生きて空手部を引退する事が出来た。


⑶この3年間、自分の脳内の中心部分には空手部の恐怖が常に居座り続けていた。その空手部の恐怖がようやく無くなった。


上記の開放感により、「空手部の恐怖」が無い状態での「トレーニング」をやってみたくなってしまった。



❷空手部を引退した事で自分の心の中に以下のような思いが発生した。


「自分は大学空手部の過酷過ぎる3年間を耐えたのだから、体力がかなり付いたに違いない!!」


この体力を生かすべくトレーニングを続けていった。(しかし、実際には空手部の3年間で体力は全く付いていなかったし、それどころか鬱は3倍に悪化していた。)


しかし、空手部の頃と同様にトレーニングを積み重ねても一向に体力が増える実感が得られない。トレーニング翌日に体調が滅茶苦茶に崩れるだけ。翌日目が覚めると自分の身体はとても重くてダルく、身体は冷え切っていて、鼻水はダラダラ。食欲は当然全く無く、背中の疲労感は疲労感というより激痛。故にトレーニングすればする程、自分の中にはさらに「孤独感」「脱力感」「無力感」「虚無感」が増えていき、これが更なる自殺願望へと繋がっていった。そして当時の自分はトレーニングをすればする程心身が衰弱していく悪魔のからくりに全く気付いていない。体調が少し回復すると、またトレーニングをしてしまう。このトレーニング行為は「無意識的な全力の自傷行為」とも言える。



おまけ:サークル活動を始めとする様々なモノに挑戦している時の自分の体調


『こんな状態(鬱の廃人状態)じゃどこ行ったって、グダグダです。どこ行っても、「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」の激痛が自分を襲ってくるのですから。加えて、冷え性も酷くて鼻水ダラダラ、めまいも頻発です。自分の意識の95%はそれらの精神的・肉体的苦痛に占領されており、集中力や意欲の欠片もありません。この状態は特に上記⑨のトレーニングの翌日が酷かった記憶です。』




一言で言いますと「鬱の廃人」状態です。さらに厄介な事に、当時の自分は上記の鬱の諸症状をほとんど認識出来ていないのです。何故かと言いますと、自分は幼い頃より日々の経験や感情を全く言語化してきていません。ですから、23年間の全ての記憶は全く整理整頓されていませんし、感情も全く消化されていない。つまり記憶全体が「超カオス状態」に陥っていました。これにより自分は自身の健康状態の把握さえ、全く出来なくなってしまったのです。ですから、先程の症状の数々は自分が幼い頃から徐々に悪化していったのですが、その悪化に気付く事は全く出来なかったのです。そう、上記の諸症状はいつの間にか自分の「日常」であり、「当たり前」になっていたのです。ですから、自分は上記の諸症状を認識する事が全く出来ていませんでした。




さらに厄介な事は続きます。先程書きましたように、当時の自分は上記の諸症状をほとんど認識出来ていませんでした。そう、自分が「鬱の廃人」状態に陥っている事をほとんど認識出来ていませんでした。それどころか、逆にこのような思い込みまでしていたのです。



「自分は大学空手部の過酷過ぎる3年間を耐えたのだから、体力がかなり付いたに違いない!!そして、その体力を活かして自分の居場所を作りたい!!」



う〜ん、厄介過ぎる。ですので、自分は本来なら社会生活など営めるような体調では全く無かったのですが、それにも関わらず大学生活をやり直そうとしてみたり、様々な習い事やバイトをやってみたりしたのです。




最後にダメ押しの厄介です。それは当時の自分の精神年齢の成長が小学校3年生で止まっていた、いう事です。先程も書きました通り、自分は幼い頃より日々の経験や感情を全く言語化してきていません。ですから、当時の自分は自分自身の事を何も把握できていないのです。ですから、他人に対して「自分はこういう人間で、こういう事を考えています。」と自己表現する事が全く出来ません。さらに自分自身の事をまるで把握出来ていませんから、他人に対する興味も皆無です。まぁ自分は大学3年生の時にカウンセリングを受け始めまして、その状態はわずかながら改善はされつつありましたが、大勢に影響はありません。よって自分は自分自身の事を全く表現出来ないまま、他人にも全く興味が湧かないまま、23年間生きてきたのです。こんな状態で周りとコミュニケーションが取れるはずがありません。




ですから、当時の自分は体調的な面でも精神年齢的な面でもぶっ壊れていたのです。そもそも大学生活を営めるような状態では無かったですし、習い事をやれるような状態でも無かった。しかし、当時の自分はその事に全く気付いていません。ですから、様々なモノに手を出しては、挫折していきました。その中の一つがこのタップダンス教室だった、という事になります。


今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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