鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

ファミレスでも被害妄想爆発(過去編・1999年10月・23歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「タップダンスの発表会でも被害妄想爆発(過去編・1999年10月・23歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分がタップダンスの発表会を酷く虚しい気持ちで終えた、という話でした。あれはかなりの虚しさでしたね。時期は2つ目の大学の1年生の10月頃で、年齢は23歳です。この発表会では練習や本番の合間に休憩時間がけっこうあり、楽屋では出演する女の子達が和気藹々と楽しそうに歓談していました。しかし、自分は異性どころか同性とのコミュニケーションさえ不可能になっていました。自分はその楽屋の床に一人で身体を横たえ、仮眠を取っているフリをして時間を過ごすしかなかったのです。あれはヤバいくらいの惨めさでした。





そういえば、この発表会の日には他にも精神的にキツい事がありました。その日のお昼休みの話です。この時間自分は他の練習生達とご飯を食べに行く流れになってしまったんですよ。自分は嫌な予感がしたのですが、顔見知りの男の子達2人がそれに行くようだったので、自分も流されてそれに付いて行きました。それで総勢10人くらいでファミレスで食べ始めたのですが、やはり自分はそこでも会話に入っていく事が全く出来ません。例の如く、自分は自分自身の事をまるで把握出来ていませんから、自分の事をお喋りで表現する事がまるで出来ないのです。そして、自分自身を把握出来ていないので、他人に対する興味も皆無です。ですから、まぁこういう場になるとホントに自分は居心地が悪くて仕方ありません。




何も会話に参加出来ないのなら、周りの会話をただただ聞いとけば良いようなモノですが、当時の自分はそれもホントに辛かったのです。自分だけ会話に参加していないと、周りの人達がそんな自分を馬鹿にしてくるような被害妄想に襲われてしまうのです。もうホントあの被害妄想は気が狂いそう程キツかった。ですから、自分はそういう場になると、一応周りの話を聞いてる風を装いながら、引きつった笑顔を浮かべ、その場を必死に耐えるしかありませんでした。書いてみて思いましたが、ここら辺の感じは大学空手部の飲み会でも全く一緒でしたね。特に自分が最上級生になった時の飲み会の感じと全く一緒です。




そうそう、もちろんこのファミレスで歓談の間も例の「鬱の廃人」状態は続いています。背中の慢性的な疲労感は、もはや疲労感ではなく激痛です。「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」ですからね。そして、酷い冷え性で鼻水がズルズルですし、めまいで頭の中はフラフラ。自分の意識は常にそれらの肉体的苦痛に占領されており、集中力や意欲の欠片もありません。もちろん、楽しい気持ちになんか1ミクロンもなりません。こんな状態で周りと楽しく喋れるはずがないですよ。




そのファミレスには45分くらいいたと思いますが、その45分の間、自分はただただ嫌な冷や汗をダラダラ流し、ひきつった笑顔を晒し続けるだけで終わりました。ファミレスを出ると自分はさらに疲労困憊状態に陥っていた記憶です。そして、この状態から前回の記事での楽屋での横たわり状態に繋がっていったのでした。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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