鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

高校時代の「被害妄想的な嘲笑感」(過去編・1999年10月・23歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「ファミレスと楽屋での「被害妄想的な嘲笑感」(過去編・1999年10月・23歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分がタップダンスの発表会でどのような鬱の諸症状に苦しんだのか、改めて思い出してみました。そう、当時の自分は「鬱の廃人」状態にあり、以下の9個の諸症状を併発していました。以下いつものコピペになります。


「大学空手部引退後の9個の鬱の諸症状」



①空手部を引退後、『翌日の空手部の稽古が恐ろしくて眠れない』という状況は無くなった。しかし、空手部の3年間で受けた精神的ダメージは少なくとも「中指の拷問」2回分。これにより脳の一部が破壊された感がある。よって、空手部引退後も破壊された脳は元に戻らず、睡眠の不安定さはそのまま残った。(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)
②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)
③酷いめまいと離人感(〜離人感と冷え性〜)
④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)
⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気。背中の疲労感は余りにも酷く、それは「疲労感」というより「激痛」という方が妥当。例えるなら「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」。(〜慢性的な疲労感と眠気〜)
⑥自殺願望(〜自殺願望と救い〜)
⑦何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分が、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい事
⑧慢性的な口内炎
⑨ 空手部を引退後も自分は以下の2つの理由でトレーニングを続けてしまった。(トレーニングの内容は、ランニング、坂道ダッシュ、縄跳び、筋トレなどで、1時間程度のトレーニング。頻度は週3回。)


❶大学空手部を引退した事で自分の心の中にかなりの開放感が発生。その開放感の理由は以下の3つ。


⑴死の恐怖に怯え続け、永遠に続くと思われた空手部の3年間がようやく終わった。


⑵空手部の稽古に殺されずに、生きて空手部を引退する事が出来た。


⑶この3年間、自分の脳内の中心部分には空手部の恐怖が常に居座り続けていた。その空手部の恐怖がようやく無くなった。


上記の開放感により、「空手部の恐怖」が無い状態での「トレーニング」をやってみたくなってしまった。



❷空手部を引退した事で自分の心の中に以下のような思いが発生した。


「自分は大学空手部の過酷過ぎる3年間を耐えたのだから、体力がかなり付いたに違いない!!」


この体力を生かすべくトレーニングを続けていった。(しかし、実際には空手部の3年間で体力は全く付いていなかったし、それどころか鬱は3倍に悪化していた。)


しかし、空手部の頃と同様にトレーニングを積み重ねても一向に体力が増える実感が得られない。トレーニング翌日に体調が滅茶苦茶に崩れるだけ。翌日目が覚めると自分の身体はとても重くてダルく、身体は冷え切っていて、鼻水はダラダラ。食欲は当然全く無く、背中の疲労感は疲労感というより激痛。故にトレーニングすればする程、自分の中にはさらに「孤独感」「脱力感」「無力感」「虚無感」が増えていき、これが更なる自殺願望へと繋がっていった。そして当時の自分はトレーニングをすればする程心身が衰弱していく悪魔のからくりに全く気付いていない。体調が少し回復すると、またトレーニングをしてしまう。このトレーニング行為は「無意識的な全力の自傷行為」とも言える。



おまけ:サークル活動を始めとする様々なモノに挑戦している時の自分の体調


『こんな状態(鬱の廃人状態)じゃどこ行ったって、グダグダです。どこ行っても、「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」の激痛が自分を襲ってくるのですから。加えて、冷え性も酷くて鼻水ダラダラ、めまいも頻発です。自分の意識の95%はそれらの精神的・肉体的苦痛に占領されており、集中力や意欲の欠片もありません。この状態は特に上記⑨のトレーニングの翌日が酷かった記憶です。』




このような「鬱の廃人」状態で自分はタップダンスの発表会に臨んだのです。まず自分はこの日を睡眠不足な状態で迎えていた記憶です。この発表会が辛いものになるであろう事を予期し、その緊張でほとんど眠れなかった記憶です。そして、本番が行われる公民館に向かいました。そこで朝から続くリハーサルにより肉体的な疲労感がどんどん溜まっていきました。それにより上記の諸症状はどんどん悪化です。特に背中の疲労感はもはや疲労感ではなく激痛でした。冷え性も酷く鼻水ダラダラでしたし、めまいで頭もフラフラ。




さらに自分はお昼休みに練習生達10人くらいとファミレスに行ったのですが、周りにいる7人くらいの女の子達と全くコミュニケーションを取る事が出来ません。当時の自分は同年代の異性はおろか、同性とすらコミュニケーションが不可能になっていました。すると自分の心の中には「被害妄想的な嘲笑感」が発生し、その精神的苦痛も自分の精神を消耗させて行きました。周りの女の子達が会話に入れない自分の事を嘲笑しているように感じ、それが辛くて堪りません。



ファミレスから公民館に戻ると、自分は楽屋で自分の出番を待っていたのですが、もはや自分の心身は限界を迎えていました。楽屋においても自分は周りの女の子達と全くコミュニケーションを取る事が出来ず、再び「被害妄想的な嘲笑感」に襲われていたからです。背中の激痛を始めとする肉体的苦痛と、「被害妄想的な嘲笑感」による精神的苦痛で、自分の意識は朦朧とし始めました。自分は楽屋の椅子で座って待っているのも辛くなってしまい、楽屋の床に身体を横たえ、仮眠を取っているフリをせざるを得なくなったのです。周りの女の子達が楽しそうにお喋りをしている中、自分一人床に身体を横えていたのです。その姿は目立っていたかもしれまん。自分はそこでさらに「被害妄想的な嘲笑感」を感じ、ますます惨めで悲しい気持ちになったのを覚えています。




う〜ん、ヤバいっすねぇ。この発表会の記事の中でよく出てくる「被害妄想的な嘲笑感」。この被害妄想も長い間自分の精神にダメージを与え続けてきました。なんかこの「被害妄想的な嘲笑感」と「背中の激痛」ってセットのような感じがしています。今回の記事はこの2つについて考えてみたいと思います。そう、「背中の激痛」により精神が消耗してくると、「被害妄想的な嘲笑感」がどんどん酷くなっていく感じです。この流れは自分の人生の至る場面で起こっていた印象です。そして、「背中の激痛」=「背中の慢性的な疲労感」な訳ですが、「背中の慢性的な疲労感」は、自分が幼い頃から自分の背中に発生していました。ここから少しだけ「背中の慢性的な疲労感(痛み)」の歴史について振り返っていきたいと思います。




自分は物心ついた頃から喘息に苦しみ続けており、喘息を発症すると背中の筋肉を酷使するからです。そう、喘息を発症すると呼吸が苦しくて仕方ないですから、背中の筋肉を使って呼吸を吸わざるを得ないんですね。そして喘息が一晩中続く事はザラでしたから、必然的に一晩中背中を酷使する事になります。ですから、自分は幼い頃から喘息に苦しんでいましたし、喘息が発症していない時間には背中に慢性的な疲労感を抱えていたのです。そして、この喘息は自分が小学校3年生の時にさらに悪化しました。この頃家庭環境が急速に悪化したからです。それに伴い、背中の慢性的な疲労感もさらに悪化しました。




さらに自分は中学時代に携帯ゲーム機にハマってしまいます。休日になると1日5〜6時間はやっていた記憶ですからね。これにより視力は大幅に悪化。そして、背中を丸めた姿勢で携帯ゲーム機をし続けた事で、背中の疲労感もますます悪化した印象です。





さて、一方の「被害妄想的な嘲笑感」ですが、小学校、中学校時代の自分はこれをそんなには感じていなかった記憶です。そう、この「被害妄想的な嘲笑感」って詳しく書きますとこういう事になんですね。


「自分が周りの人達と全くコミュニケーションが取れない場において、自分が周りの人達から嘲笑されているように感じる感覚」



そう、この「嘲笑感」は「自分が周りの人達と全くコミュニケーションが取れない場」において発動する被害妄想です。そして、小学校、中学校時代において、自分はまだそこまでの状況には至っていなかった記憶です。そこの時代、自分はクラスにおいては大人しめな友達のグループには所属できており、なんとなくの居場所があったからです。




ですから、自分の人生の中で最も古い「被害妄想的な嘲笑感」の記憶は、高校1年生の時のとある事件の記憶になります。この事件の詳細は以下の記事に書いてあります。



〜高1で鬱を発症するきっかけとなったとある暴言③〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード13



〜高1で鬱を発症するきっかけとなったとある暴言④〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード14


〜高1で鬱を発症するきっかけとなったとある暴言⑤〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード15




この事件の概要ですが、自分が高校で吹奏楽部に入部した際の話になります。自分はサックスという楽器を吹く事になったのですが、そのサックスパートの先輩達6人くらいが我々新入生2人の為に歓迎会を開いてくれたのです。我々8人はとある駅前のお洒落な喫茶店に移動し、そこで和気藹々と歓談が始まりました。男女の割合は男3:女5って感じです。しかし、自分はそこで先輩達の会話に全然入れません。自分はコミュニケーション能力が皆無でしたからね。それならそれで、先輩達の話を黙って聞いていれば良い話ですが、自分はそこでどんどんどんどん居心地が悪くなっていったのです。そう、ここで「被害妄想的な嘲笑感」が発生していたのです。なんかこう会話に入れない自分の事を周りの先輩達が馬鹿にしているような、そんな気持ちになってきてしまったのです。




もちろん、先輩達はそんな気持ちは全く持って無かったと思います。だって我々新入生達の為を歓迎する為に、わざわざ行きつけの喫茶店に連れてきてくれたのですからね。ですから、「周りの先輩達が自分の事を馬鹿にしている」というのは、完全に自分の一方的な被害妄想なのです。そして、自分はその「被害妄想的な嘲笑感」がどんどんどんどん辛くなってきてしまいました。結局自分は歓迎会が始まって40〜50分後に嘘を言って、その場から脱兎の如く逃げ帰ってきてしまったのです。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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