鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

普段の食卓の雰囲気と歓迎会の雰囲気が違い過ぎる(過去編・1992年4月・16歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「「被害妄想的な嘲笑感」と「背中の慢性的な疲労感(痛み)」(過去編・1992年4月・16歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が長い間苦しんでいた「被害妄想的な嘲笑感」について考えてみました。そして、「被害妄想的な嘲笑感」と「背中の慢性的な疲れ」の関係性についても考えてみました。自分は幼い頃から喘息に苦しみ続けていまして、その弊害で常に背中に慢性的な疲労感が発生していました。その疲労感は学年が進むにつれどんどん酷くなっていき、高校の頃には「疲労感」というより「痛み」に変わっていたのです。そして、この「背中の痛み」が自分の精神を激しく消耗させ、「被害妄想的な嘲笑感」を発生させていた、という感じです。




そう、高校時代に入ると自分は周りとコミュニケーションが全く取れなくなっていました。そして、自分がそういうシチュエーションに入ると、そんな自分の事を周りの人達が嘲笑しているかのような、そんな被害妄想が発症していたのです。あれもホントキツかったですねぇ。ただでさえ高校において、自分は自分の居場所を全く作れずにいたのですが、そこにさらに「被害妄想的な嘲笑感」が上乗せされていたのですからね。




前回の記事に書きましたように、高校に入学した自分は吹奏楽部に入部しました。すると所属パートの先輩達6人が我々新入生2人の為に歓迎会を開いてくれたのです。しかし、自分はそこで先輩達の会話に全く入れません。会話に入れないなら入れないないでただ聞いてれば良いだけの話ですが、この時自分の心の中には「被害妄想的な嘲笑感」が発生してしまいました。そう、先輩達が会話に入れない自分の事を馬鹿にしているのではないか、という被害妄想です。この被害妄想は時間が経つに連れどんどんどんどん大きくなっていきました。そして、歓迎会開始から40〜50分後。自分はその被害妄想による精神的苦痛が辛くて辛くて仕方なくなり、嘘を言って、歓迎会から脱兎の如く逃げ出したのでした。




自分の記憶の中で「被害妄想的な嘲笑感」の一番古い記憶が、この高校1年生の時の歓迎会の記憶って感じです。そして、その後もこの「嘲笑感」は生活の中の至る所で発症し、自分を苦しめ続けた記憶です。どうしてあのような被害妄想が発症したのでしょう。まず考えられる原因は、先程も書きましたように「背中の慢性的な痛み」です。これが酷くなればなる程、精神は激しく消耗し、「嘲笑感」が出易くなっていました。なんというか、精神が消耗していけばいく程、「自分に対する自信」が失われていき、「周りが自分の事を馬鹿にしている」被害妄想が酷くなっていったような感じです。




もう一つ考えられる原因は、自分が家庭内においてコミュニケーションの訓練を全く積んでいなかった、です。あの歓迎会の場面に話を戻します。あの場面は先輩達6人が我々新入生2人を歓迎してくれるというシチュエーションでした。そもそも自分はそのような大人数での歓談の場に全く慣れていなかった記憶です。そう、大人数の歓談の場といえば、家庭における食卓です。自分は家庭内において毎日両親や妹と食卓を共にはしていました。しかし、そこで自分が身の回りに起こった出来事や気持ちを喋るという事は全く無く、また両親が自分にそれらの問いを投げかける事も皆無だったのです。




うちの両親は自分が小学校3年生の時に新規事業を始めまして、それ以降この新規事業と激しい夫婦喧嘩に全ての時間とエネルギーを割いていました。この食卓の場においても両親の頭の中は全て新規事業絡みの話で占められており、さらに激しい夫婦喧嘩も絶えませんでした。そう、うちの食卓は常に緊張感が漂う、戦争状態だったのです。そんな一触即発状態が、小学校3年生の時からずっと続いていました。こんな戦争状態の中で、子供の自分が日々の出来事や感情を安心して素直に表現出来るはずがありません。このように自分は幼い頃から家庭内において自己表現を全くしない事が当たり前になっていましたし、親から興味を持たれない事も当たり前になっていたのです。




さて、そのような自分が高校に入学し、吹奏楽部の先輩達が我々新入生の為に歓迎会を開いてくれました。その歓迎会が始まると、自分はすごく戸惑った記憶です。何故なら先輩達6人がとても和気藹々と和やかに会話をしていたからです。あ、この時の男女の割合は男2:女4です。この女の子の先輩3人がとにかく仲が良く、お喋り好きで面倒見の良い先輩達だったのです。しかし、当時の自分にとってはそれがまず大きな戸惑いだった記憶です。だってそんな和やかな雰囲気の会食の場なんて自分はこれまで全く経験した事が無いですからね。自分が知っている食卓は、一触即発の緊張感漂うただひたすら暗くて重い空気の食卓だけなのです。ですから、この歓迎会の明るく楽しげな様子に自分はすごく戸惑ってしまった記憶です。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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