鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

小学校3年生でメンヘラ②(過去編・1985年・9歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「小学校3年生でメンヘラ(過去編・1985年・9歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が小学校3年生の時の精神状態について考えてみました。今回の記事も改めてそこら辺を考えていきたいと思います。自分が小学校3年生の時に、うちの父親が開業しまして、うちの母親もそれを手伝う事になりました。これにより両親は仕事に忙殺される事となったのです。何せゼロから開業でしたから、両親ともに必死に頑張ったのは理解出来ます。しかし、開業前から両親は自分に対して無関心でしたが、開業以降自分はますます放置される事となりました。また、開業と同時に親族問題も勃発し、これが原因で両親の仲が急激に悪化し、両親は激しい夫婦喧嘩を延々と繰り返しました。それは10年以上続いたのです。




これにより子供の自分のメンタルはさらに悪化しました。開業前から自分は「自分という存在はこの家庭にいても良いものだろうか??」と、不安感を感じていました。自分という存在が家庭内において薄っぺらな存在である感覚でした。自分は両親に対して何の信頼も愛着も感じていませんでしたし、両親からそれを感じる事も皆無でした。自分は自分の感情や欲求を両親に表現する事を諦めていましたし、両親もそんな自分に全く関心を払わなかったからです。そんな両親は開業後自分の事をますます放置しましたから、自分の家庭内での立ち位置はますます不安定になっていきました。「自分という存在」が立っている「地面」が常にグラグラに不安定なイメージです。




そんな自分の立ち位置の悪化は、そのまま自分のメンタルを悪化させ、持病の喘息を急激に悪化させました。これにより、自分は小学校での体育の時間や休み時間のサッカーに全く参加出来なくなってしまいました。身体を動かすと呼吸がすぐに苦しくなってしまい、スポーツどころではなくなってしまったのです。それ以降自分はサッカーを楽しそうにしているスポーツ系のクラスメートに羨ましさを感じるようになりましたし、それと同時に、彼らに劣等感を感じるようになっていきました。




喘息が発症するのは大概夜寝る前でした。自分が布団に入ろうとすると喘息が起こり、その苦しさで眠る事が出来ません。その症状は一晩中続く事もあり、自分は一晩中背中の筋肉を使って、必死に呼吸をせねばなりません。その弊害で背中の慢性的な疲労感もますます悪化です。さらに自分は一晩中一睡も出来ていない状態で小学校に行き、放課後スイミングスクールに通う時がありました。自分の身体はその1日の背中の疲労感と眠気とでボロボロです。自分はスイミングスクールが始まる前にすでに疲労困憊状に陥っていました。ここからさらにスイミングで激しく身体を動かすのは辛過ぎました。




そう、小学校3年生自分にとってこの現実世界はあまりにも辛過ぎました。この時の肉体的苦痛は脳の許容量をオーバーしていたと思います。すると、自分の見ているスイミングスクールの景色がぐんにゃりと歪み、見ている世界が半分他人事のような感覚に陥るのです。これは自分の脳が勝手に視界に半透明の膜を降ろし、現実感を強制的に半分シャットダウンしていた感じです。そう、自分の脳が本能的に「このままだと肉体的苦痛量が多過ぎて、脳が壊れる!!」と判断し、現実感覚を鈍らせていた感じ。この感覚を言い換えますと、自分一人だけが「金魚鉢」の中の世界にいる感じです。「金魚鉢」の冷たい水の中に自分一人潜っていまして、「鉢」越しに見る外の世界がぐんにゃりとして歪んで見えます。自分という存在がすごく「不安定」で「孤独」で「冷たい」感覚。後々、この感覚は「離人感」と呼ばれる精神疾患であった事が判明しました。(離人感のwikiこちら)




では、ここで小学校3年生(開業以降)の自分のメンタルヘルスをまとめてみたいと思います。当時の自分が感じていた。感じていたネガティブな感情をまとめてみたいと思います。前回の記事でまとめたものになります。



「小学校3年生(開業以降)の自分が感じていたネガティブな感情」


❶家庭内における自分という存在のかなりの不安定さ

❷一晩中続く喘息の苦しさ

❸背中の慢性的な疲労

❹喘息のせいでスポーツが全く出来ず、スポーツ系のクラスメートに引け目を感じる

❺スイミングスクールでの離人



一方ポジティブな感情もあるにはありました。自分は小学校において勉強は出来ていたからです。とりあえず書いておきます。



「小学校3年生(開業以降)の自分が感じていたポジティブな感情」


①小学校の勉強が得意



さて「❶〜❺のネガティブな感情」と「①のポジティブな感情」を差し引きするとどうなるかという話ですが、けっこうなマイナスです。小学校3年生の時点でネガティブな感情が多過ぎるのです。呪われてますねぇ。そういえば、自分の過去の記憶って小学校3年生「以前」の記憶には色が着いているのですが、「以降」の記憶からは一切色が抜け落ちているんですよ。小学校3年生以降の自分の記憶は、全てがモノクロなんですね。これもネガティブな感情が多過ぎる生活が故だと思います。




前回の記事にも書きましたが、この小学校3年生時点の自分のメンタル状態を「マイナス5」としたいと思います。この「マイナス5」が今後どのようにして、さらにマイナスになっていったのか、考えていきたいと思います。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!
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