鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

暴言事件によって喘息が急激に悪化(過去編・1992年・16歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「暴言事件を相談できる相手が皆無(過去編・1992年・16歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が高校1年生の時に起こった「暴言事件」の話でした。事件を端的に書きますと、自分が吹奏楽部のA先輩(男)といる時に、ウケ狙いでエグ過ぎる下ネタの冗談を言ってしまい、ドン滑りした、です。あの事件によって自分の心の中にはかなりの精神的ダメージが発生していました。その理由ですが、まずあの性的暴言によってA先輩が自分に対する評価を大幅に下げる事は確定的でした。加えて、もしあの性的な暴言がA先輩の口から吹奏楽部の女の子達に広がったらどうなるでしょう。これはもう自分の身の破滅以外の何物でもありません。自分はこの最悪の想定を考えると恐ろしくて仕方ありませんでした。




さらにこの事件が厄介だったのが、自分の周りにこの事件を相談出来る人間が皆無だった、という事です。親に相談するなんて選択肢は最初からありませんでしたし、他に信頼出来る大人や友達なども皆無です。ですから、自分はこの事件を一人で抱え込み、ただただ一人で最悪の想定を考え続けるしかありませんでした。そして、最悪の想定は凄まじい恐怖と精神的苦痛を生み、その痛みに一人のたうち回るしか出来なかったのでした。当然ながら、自分のメンタル状況は急激に悪化し、それに伴い持病の喘息も急激に悪化です。




そう、自分の喘息は心因性の喘息でして、これまでもメンタルが悪化すると即座に喘息も悪化してきていました。ですから「暴言事件」後も即座に悪化です。特に喘息の症状が酷かったのが「日曜日の夜」です。「日曜日の夜」になると、必ず酷い喘息が発症していました。何故「日曜日の夜」かと言うと、「明日から高校が始まるから」です。そう、明日は月曜日です。自分はまた高校に行かなければなりません。高校に行けば、当然あの「暴言事件」の続きの現実が待っています。もしかしたら最悪の想定が現実化するかもしれません。自分はそれを考えるともう辛くて辛くて仕方なかったのです。



あれは絶望的な辛さでした。これから始まる1週間が「真っ黒」で、1週間先が何も見えない、そんなイメージです。現在あの事件から28年くらい経っていますが、未だに思い出すとしんどいですからね。このように「日曜日の夜」の自分のメンタルは絶望的に暗くて重く、そのメンタル状況が酷い喘息を発生させていたのです。つまり当時の自分は、メンタルが絶望的に暗くて重い上に、喘息の辛さに一晩中悶絶せねばならなかったのです。う〜ん、絶望的。



このように自分は喘息に一晩中苦しみ、一睡もしていない状態で翌朝を迎えます。自分はこの状態で高校に向かいました。当時の自分の中に「高校を休む」という選択肢は皆無でした。自分はただでさえ高校のクラス内で誰ともコミュニケーションが取れず、透明人間化していました。その上、高校を休むとさらにそれが進んでしまいます。それもまた自分にとってはかなりの恐怖だったのです。よって当時の自分の中に高校を休むという選択肢は全く無かった記憶です。



ですから、高校に向かう自分の身体は眠気は酷いですし、一晩中背中を使って呼吸していますから、背中の疲労感も酷い状態です。高校生活中の自分の意識はそれらの肉体的苦痛に占領され、意識朦朧状態です。そして、高校に行けば「暴言事件」後の現実が自分を待っています。「もしあの最悪の想定が現実化したら」と考えると、自分は気が狂いそうです。う〜ん、滅茶苦茶。自分の心と身体は悲鳴を上げ続けていました。そりゃめまいも頻発するはずです。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!






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