鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

Bさんから寄せ書きで送られた言葉(過去編・1993年・17歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「担当する楽器を移動③(過去編・1993年・17歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が高校2年生になり、サックスパートからホルンパートに移った際の話を書かせて貰いました。自分は高校で吹奏楽部に所属していたのですが、高校1年生の9月に「暴言事件」を起こし、鬱を発症する事となりました。「暴言事件」とは自分が高校1年生の時に起こった舌禍の事です。事件を端的に書きますと、自分が吹奏楽部のA先輩(男)といる時に、ウケ狙いで酷過ぎる下ネタの暴言を言ってしまい、ドン滑りした、という事件です。事件の概要はこちらになります。



この事件によって自分は甚大な精神的ダメージを受け、鬱を発症する事となりました。自分が鬱を発症した理由は以下の4つになります。以前の記事でまとめたものになります。


①あの性的暴言によって、A先輩の自分に対する評価がだだ下がりする事が確定的な状況。それまでのA先輩の自分に対する評価は「無口で何考えてるか分からない後輩」だと思われるが、これが「急にエグ過ぎる性的暴言をぶっ込んでくるヤバくて痛い後輩」に急降下する事は確定的。A先輩は部活で副部長を務める部のムードメーカー的な存在だったので、この先輩からの評価が急降下するのは辛過ぎる。しかも自分はこの先輩と毎日のように2人で練習をしていたので、その時間が針のむしろ状態になった。



②あの性的暴言が吹奏楽部の女の子達の間に広まったらと考えると恐ろしくて仕方ない。広まってしまったら、「とても許されない下ネタを言うクソクズ」とのそしりは免れない。


③さらに最悪の最悪なのは、あの性的暴言が、直属のサックスパートの女の子達に伝わる想定。女の子の先輩達3人は常に自分に対して暖かく接してくれていたが、もしあの暴言が伝われば、性犯罪者を見るような目で見られる事は確定的。その想定を考えるとこの世の終わりかと思える程の恐怖に襲われてしまう。また、この暴言はサックスパートの同期の女の子を対象にしていたものだったので、この子に伝わってしまうのも最悪の最悪。この子の心を深く傷付ける事は確定的だし、自分との関係も取り返しのつかない事になる。



④自分の周りには信頼できる大人や友人が皆無だったので、①〜③の苦しみを誰にも喋る事が出来なかった。もちろん「書く」という手段も持ち合わせていない。故に事件の背後にあった、人間関係や事実関係や時系列を全く整理する事が出来ず、いつまで経っても心の中がパニック状態であり続けた。つまり、いつまで経っても事件を「客観視」する事が出来ない。そして、事件を客観視出来ない状態ではこの事件に対する有効な前後策を考えられるはずもなく、ましてこの事件から反省や学びを得る事も全く出来なかった。自分はいつまで経ってもこの事件の最悪の最悪の想定に怯え続けていた為、メンタルは急激に悪化していき、持病の喘息も悪化。事件後鬱を発症し、以下の4つの諸症状に苦しむ事となった。


「高校時代の4つの鬱の諸症状」


①食欲の完全消失

②日曜夜ごとの激しい喘息

③慢性的な背中の疲労感(痛み)と眠気

④学校生活中の激しいめまい



さて、この事件から半年後。自分は高校2年生に進級しまして、そのタイミングでサックスからホルンに移る事となりました。もはや同期のBさんと一緒にサックスパートにいるのは、自分のメンタルが限界だったのです。すでにあの事件から半年経っていましたが、あの暴言がBさんに伝わったら、と考えると、自分は未だに恐ろしくて仕方ありませんでした。自分はBさんに殺されても仕方ないくらいの暴言を言ってしまいました。そして、事件前から自分はBさんとまともにコミュニケーションが取れなくなっていたのですが、この事件後は絶望的にコミュニケーションが取れなくなっていました。このような状況下で下に1年生を迎えて、Bさんとサックスパートをやっていくのは無理ゲーにも程がありました。そこで自分はサックスからホルンに移る事を申し出まして、それは了承されました。



このような流れで自分はサックスパートを去る事になりました。その際にサックスパートの先輩達とBさんが自分の為に寄せ書きを書いてくれたのですが、あんな暴言を言ってしまった自分に対して先輩達やBさんが温かい言葉を書いてくれました。自分はそれを読んだ時、「あぁやはりあの暴言は女の子の先輩達やBさんには伝わっていなかったんだな」とホッとしたのを覚えています。中でも自分が注目していたのはBさんからの寄せ書きです。何せあの性的暴言はBさんを対象にしたものでした。そのBさんが自分に対してどのような言葉を送ってくれたのか、自分はかなりドキドキしながらそれを読んだ記憶があります。寄せ書きには以下のようなBさんからの言葉が載っていました。


〇〇君へ

1年間バリサクおつかれさまでした。すごく上手になったのにパートがうつっちゃって残念だけど、ホルンでも一生懸命頑張って下さい。時々、1年生に教えに来て下さいね。 B


自分はこの文章を読み、Bさんに対してかなり申し訳ない気持ちになりました。そう、あの「暴言事件」の際、自分の心の中にはBさんに対するちょっとしたムカつきの気持ちがありました。事件前、自分とBさんとの間には会話が全くなく、自分は内心それに対して「喋りかけてこないBさんが悪い!」と思っていたからです。そう、自分のコミュニケーション能力の無さを棚に上げて、Bさんに責任転嫁していたのです。この見当外れな責任転嫁は、中学時代の吹奏楽部でも後輩の女の子に対しても起こっていました。そして、このBさんに対するムカつきの気持ちが「暴言事件」の引き金になった部分もありました。



「暴言事件」後、自分は上記の③の恐怖に震え上がりました。あの暴言がBさんに伝われば、彼女の心を深く深く傷付けてしまう事は確実です。しかし、事件後Bさんから軽蔑の視線を受けるような感じはありませんでした。そして、この寄せ書きに書いてくれたメッセージも暖かいメッセージでした。それを読んだ自分はホントに申し訳ない気持ちになりました。あの暴言がBさんに伝わっていないとはいえ、自分はホントに許されない事を言ってしまったのだ、と改めて感じた記憶です。



また、事件前の自分は、自分とBさんとの間に会話がない事に対してBさんにムカついていましたし、逆にBさんの方も自分に対してムカついているだろうと考えていたのです。そう、Bさんの方も自分に対して何かムカついているから、自分に対して喋りかけてこないのだろう、と。まぁいつもの「被害妄想」です。とにかく当時の自分は「自分に対する自信」を大幅に失っていました。「自分という存在は、いつ他人から迫害されても仕方がない存在だ」くらいの「被害妄想」が発生していたのです。ですから、Bさんも自分の事を蔑視していて喋りかけてこないのだろう、という感覚もありました。このような感覚は「暴言事件」前からあった記憶です。



しかし、寄せ書きを読むとBさんの言葉は温かく、そのような蔑視の欠片もありません。もちろんそこには社交辞令的な部分はあったのでしょうが、それでもその温かい言葉は、自分の被害妄想的な気持ちを打ち砕く感じがありました。そう、自分は勝手に「Bさんの方も自分の事を悪く思っているに違いない」と思い込んでいたのです。そこには「暴言事件」後の③の恐怖感から来る「被害妄想」もあったと思います。もしあの暴言がBさんに伝わった時には、自分はBさんに殺されても文句は言えないのですから。



自分は寄せ書きに書かれたBさんの温かい言葉を読みホントに申し訳なくなりました。あんな酷過ぎる性的暴言を言ってしまった自分にBさんは温かい言葉を送ってくれたのです。それを読む限り、Bさんにあの暴言が伝わっていない可能性はさらに高くなり、それに関してはホッとする部分もありました。しかし、それと同時になんかこう自分という存在がさらに惨めになったような気もしました。「あぁ俺ってホントにクソ過ぎる人間だなぁ、、」と。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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