鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

時間がいくら経っても心の傷が癒えない③(過去編・1993年・17歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「時間がいくら経っても心の傷が癒えない②(過去編・1993年・17歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が「A先生怒鳴られ事件」によって「被害妄想」を発症した話について考えてみました。「A先生怒鳴られ事件」とは自分が小学校6年生の時に起こった事件の事です。事件の概要は概要はこちらになります。この事件によって、自分は様々な精神的ダメージを受ける事となりました。具体的に書きますと、「精神的ショック」や「孤独感」や「被害妄想的な予期不安」です。そして、自分はそれらの辛さを誰にも喋る事が出来ませんでしたから、この事件はいつまで経って自分の心の中でカオス状態であり続けました。ですから、自分はいつまで経ってもこの事件の背景や時系列や原因を整理する事が出来ませんでしたし、「精神的ショック」や「孤独感」や「被害妄想的な予期不安」も全く癒される事がありませんでした。故にこの事件はいつまで経っても自分の中で「カオス状態」であり続けたのです。



しかし、そうは言っても事件から半年も経つと、自分の表意識からはこの事件は消えて行きました。日々の生活の中で「A先生怒鳴られ事件」を思い出す事は減っていったのです。しかし、だからといってこの事件が自分の心の中から消えた訳ではありません。この事件は自分の表意識には出て来なくなっただけで、記憶の海の底に沈んでいっただけなのです。しかも「カオス状態」のまんま沈んでいく事となりました。つまり、表意識からは消えましたが、「精神的ショック」や「孤独感」や「被害妄想的な予期不安」は、事件当時のまんま記憶の海の底で保持され続けたのです。この状態を言い換えますと、事件によって出来た「心の傷」は全く癒える事なく、記憶の海の底に沈んでいった、という事になります。そして、沈んでいった「心の傷」は記憶の海の底でその後も激しく血を流し続け、自分の人生にネガティブな影響を与え続けました。



ですから、事件後の自分は訳が分からなかったのです。だって表意識からは事件の記憶は消えているにもかかわらず、事件で出来た「心の傷」はいつまで経っても激しく痛み続けているのですからね。自分の心は悲鳴を上げ続けているのですが、当時の自分はその理由が全く分かりません。



そして、その後も自分は学校生活の中でこのような事件を次から次に起こしていきました。それにより記憶の海の底には「心の傷」がどんどん溜まっていき、自分はとうとう高校で鬱を発症したのです。しかし、やはり当時の自分は訳が分かりません。だって鬱の原因となっている家庭環境の悪化や様々な事件の精神的ショックは表意識からすっかり消えているのですからね。というか、そもそも当時の自分は、自分が鬱による酷い体調不良に陥っている事にすら気付けなかった訳ですが。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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