鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

被害妄想が悪化し、稽古に対して「死の恐怖」を感じ始める(過去編・1995年4月・19歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 自主練による自殺願望発症と被害妄想悪化(過去編・1995年4月・19歳) 」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が大学空手部に入部し、とある稽古(人間サンドバッグ)の厳しさを乗り越えようと、自主練に励んだ、という話でした。しかし、自主練をいくら重ねても、翌日に体調をぶっ壊すばかりで、全く体力が付いたという実感を得られません。自分の中には「無力感」がすごい勢いで増えていき、それは「脱力感」→「虚無感」→「自殺願望(希死念慮)」と悪化していきました。



この流れと同時に、自分は「自分に対する自信」も失っていきました。何故なら、自分の必死の努力が何も実を結ばないからです。自分は高校時代に鬱を発症し、その諸症状の辛さを必死に我慢しながら、自主練を重ねていました。それにも関わらず全く体力が付いた実感を得られません。自分は「自分に対する自信」をさらに失っていき、それが原因で「被害妄想」も悪化していきました。この


『「自分に対する自信」を失う』→『被害妄想悪化』


というパターンは、自分のこれまでの人生で幾度となく繰り返されてきたパターンです。今回もこのパターンが繰り返されたのです。



では「被害妄想」が酷くなっていくと、どうなっていったのかという話ですが、「人間サンドバッグ」の恐怖がどんどん大きくなっていってしまいました。自分は次第に「人間サンドバッグ」という稽古に対して、「先輩達に追い込まれ過ぎて自分は殺されてしまうのではないか」という「死の恐怖」を感じるようになっていったのです。これはまさに「被害妄想」的な思考だったと思います。そして、一度「被害妄想」的な思考が発動すると、自分は物事を最悪の最悪まで突き詰めて考えてしまう思考の癖を持っていました。そして、それが一度発動すると、そこに歯止めは何もかかりません。「自分は本当に明日の稽古で殺されてしまうのではないか??」という凄まじい恐怖が自分を襲い始めたのです。



もちろん、例の如く自分の周りにはこの「人間サンドバッグ」の恐怖を相談出来る人間関係は皆無でした。皆無でしたし、いたとしても、当時の自分がこの恐怖を100%言語化するのは到底無理だったと思います。何故ならこの「被害妄想」は、自分が幼い頃から自信を失い続けてきた10年以上の歴史の積み重ねの結果だからです。この歴史の積み重ねを当時の自分が言語化するのは到底無理な話でした。自分は幼い頃から日々の出来事や感情を全く言語化せずに生きてきましたし、この時の自分はまだカウンセリングさえ受け始めていない状態ですからね。ですから、自分はこの人間サンドバッグの「被害妄想的な死の恐怖」をいつまで経っても全く言語化出来ませんでしたし、その恐怖をいつまで経っても客観視する事が出来ませんでした。ですから、自分はこの「死の恐怖」という名の濁流に飲み込まれ、なすがままにされるしかなかったのです。



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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