鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

大学生活が破綻し、パチンコ屋に逃避(過去編・1999年11月・22歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「 2回目の大学生活も半年で破綻②(過去編・1999年11月・22歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が2つ目の大学に移ったものの、11月頃には大学生活が完全破綻していた、という話でした。完全破綻してしまった理由は以下の3つになります。



①クラスの人間関係から3ヶ月で完全脱落


②大学の手品サークルも3ヶ月でフェードアウト


③大学外に活路を見出すも、タップダンス教室もフェードアウト



さらに自分にとっては大学の体育の授業も辛くて辛くて仕方がないものでした。その理由は以下の4つになります。



①この体育の授業は、時間が朝9時から12時までと長時間だった為、「鬱の廃人」状態だった自分には肉体的に辛過ぎる。


②この体育は東京の郊外で行われる授業だった為、朝6時起きし、電車で2時間かけて向かわなければならない。故に慢性的な眠気が酷い。


③この体育の授業でも周りと全くコミュニケーションが取れず、孤立状態に陥っている。


④中学時代から「被害妄想」がどんどん酷くなっていった結果、「自分がただそこにいるだけで、他人から無根拠に迫害されてしまう」かのような、そんな緊張感と恐怖感の中で学校生活を送らねばならなくなっていた。この体育の授業に関しても、ただでさえ緊張感と恐怖感が半端ない上に、上記の3つが辛くて仕方ない。故に体育の授業での被害妄想は「死の恐怖」に近いくらいの凄まじいものになっていた。もう訳もなく周りの生徒達が自分の事を迫害しようと手ぐすねを引いているような気がして、恐ろしくて仕方がない。



ですから、自分はこの体育の授業に対して、心の準備をしなければ出れなくなってしまったのです。そう、授業が始まる1時間前には校舎に到着し、まだ誰もいない構内のベンチで身体を横たえ、これから始まる授業の恐怖に必死に耐えねばなりませんでした。




そして、大学入学から半年が経ち、11月にもなると自分の大学生活の破綻は明白になっていました。大学のクラス・手品サークル・タップダンス教室においても自分は全く人間関係を作れませんでしたし、それどころかタップダンスの発表会では病的(×3倍)な被害妄想を発症して、凄まじい精神的ダメージまで受けてしまいました。そのダメージも相まって、自分は大学構内のベンチに横たわりながら、酷く虚しい気持ちでこう感じていたのです。


「あぁ、大学を移って大学生活をやり直そうと思ったけど、やっぱ無理だったなぁ、、」


さて、その後の自分がどうなったのかと言いますと、とりあえず体育の授業だけは頑張って出ていた記憶です。ここで単位を落としてしまったら、自分はもう1年この地獄を味わわなければなりません。それだけは絶対避けたかった。ですから、自分はズタボロになりながらも、なんとか体育の単位を取った記憶です。そして、その他の授業に関してはほとんど単位を落とした記憶です。この時の自分は「鬱の廃人」状態に陥っており、凄まじい肉体的苦痛と病的(×3倍)な被害妄想に苦しみまくりながら、授業に出ていました。自分の意識はそれらの苦痛に占領され、常に朦朧としていましたから、勉強に身が入るはずがありません。ではここで久しぶりに「大学空手部引退後の10個の鬱の諸症状」を貼りたいと思います。



「大学空手部引退後の10個の鬱の諸症状」


①空手部を引退後、『翌日の空手部の稽古が恐ろしくて眠れない』という状況は無くなった。しかし、空手部の3年間で受けた精神的ダメージは少なくとも「中指の拷問」2回分。これにより脳の一部が破壊された感がある。よって、空手部引退後も破壊された脳は元に戻らず、睡眠の不安定さはそのまま残った。(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)

②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)

③酷いめまいと離人感(〜離人感と冷え性〜)

④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)

⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気。背中の疲労感は余りにも酷く、それは「疲労感」というより「激痛」という方が妥当。例えるなら「背中をナイフで刺され続けている感じ」。(〜慢性的な疲労感と眠気〜)

⑥自殺願望(〜自殺願望と救い〜)

⑦何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分は、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい

⑧慢性的な口内炎

⑨自分は大学空手部の3年間でさらに「自分に対する自信」をさらに3倍失った。そして、自分の頭の中には依然として「トレーニング=体力が付く=自信が付く」という図式が色濃く残っており、この図式が自分にも当てはまると相変わらず信じていた。そこで、空手部を引退し、人間サンドバッグの恐怖が無くなったにも関わらず、「自分に対する自信」を回復させる為に自主練をを続けてしまった。(トレーニングの内容は、ランニング、坂道ダッシュ、縄跳び、筋トレなどで、1時間程度のトレーニング。頻度は週3回。)



しかし、空手部の頃と同様にトレーニングを積み重ねても一向に体力が増える実感が得られない。トレーニング翌日に体調が滅茶苦茶に崩れるだけ。翌日目が覚めると自分の身体はとても重くてダルく、身体は冷え切っていて、鼻水はダラダラ。食欲は当然全く無く、背中の疲労感は疲労感というより激痛。故にトレーニングすればする程、自分の中にはさらに「孤独感」「脱力感」「無力感」「虚無感」が増えていき、これが更なる自殺願望へと繋がっていった。そして当時の自分はトレーニングをすればする程心身が衰弱していく悪魔のからくりに全く気付いていない。体調が少し回復すると、またトレーニングをしてしまう。このトレーニング行為は「無意識的な全力の自傷行為」とも言える。


10 大学空手部の3年間で「自分に対する自信」がさらに3倍失われた事で、「被害妄想」もさらに3倍悪化。自分は大学生活の中で何をしていても全く自信が持てず、常に他人の視線を気にし、病的(×3倍)に「ビクビク」「オドオド」している状態。もはや自分にとって「自分という存在の価値」は、髪の毛一本より軽くなっている感じで、いつ他人から軽んじられ、無根拠に攻撃されても全くおかしくないような、そんな凄まじい緊張感の中で日々を送る羽目に。こんな状態では、完全に社会生活は不可能。



おまけ:サークル活動を始めとする様々なモノに挑戦している時の自分の体調


『こんな状態(鬱の廃人状態)じゃどこ行ったって、グダグダです。どこ行っても、「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」の激痛が自分を襲ってくるのですから。加えて、冷え性も酷くて鼻水ダラダラ、めまいも頻発です。自分の意識の95%はそれらの精神的・肉体的苦痛に占領されており、集中力や意欲の欠片もありません。この状態は特に上記⑨のトレーニングの翌日が酷かった記憶です。』



う〜ん、酷い。こんな状態で自分は大学の授業を受けていました。そりゃ授業中は上の空になりますし、人間関係を作れるはずもありません。そして、体育の授業が恐ろしくて仕方ないのもしょうがありません。かくして自分の「大学生活やり直し」計画は、見事に泡と散ってしまいました。この時期の自分は酷く虚しい気持ちと激しい肉体的苦痛を感じながら、大学から帰っていた記憶です。そして、その虚しい気持ちは自分を「パチンコ屋」に足を向けさせました。自分は1年ぶりパチンコを打ち始めてしまいました。



遡る事1年前、まだ1つ目の大学で4年生だった頃の話です。自分はパチンコで負けまくり、預かっていた高校の吹奏楽部のOB会の会費30万円を使い込んでしまいました。自分はそれ以降「もうパチンコは辞める!!」と決意し、パチンコから離れていたのですが、ここに来てまたフラフラとパチンコ屋に戻ってきてしまったのです。まぁもう自分は大学にも家庭にも全く居場所がありませんでしたし、友達も皆無でしたから、パチンコ屋くらいしか居場所がありません。また、自分はパチンコを辞めていた時期にもパチンコ雑誌は読んでおり、そこで「ボーダー理論」なる新しい知識を得ていました。それを試したくてパチンコ屋に舞い戻ってしまった、という所もありました。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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