鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

自分は親の人生を全く知らないし、親も自分の人生を全く知らない②(過去編・1999年11月・22歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「自分は親の人生を全く知らないし、親も自分の人生を全く知らない(過去編・1999年11月・22歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が2つ目の大学を休学したいと思ったものの、親にそれをどう説明すれば良いのか分からずに困ってしまった、という話でした。これは2000年の3月下旬頃の話になります(24歳)。この時の休学の本当の理由は「自分が大学内で全く人間関係が作れていないから」です。しかし、この理由をそのまま親に説明する気には到底なれませんでした、何故なら自分は幼い頃より日々の出来事や感情を親と何一つ共有していなかったからです。故に自分は親に対して何の信頼も愛情も感じていませんでした。ここから先は前回の記事のコピペになります。前回の記事をお読みの方はスルーして下さい。



自分は幼い頃から両親に対して自分の感情や気持ちを表現する事を諦めていました。両親の方もそんな自分に興味を示す事は皆無でした。そして、小学校3年生以降、家庭環境はさらに悪化。両親は仕事に忙殺され、夫婦仲も急激に悪化です。ますます、家庭内において「自分という存在」は放置され、「自分という存在」の価値はますます不安定になっていったのです。この頃になると自分の心の中には両親に対する「信頼」や「愛情」の感情は皆無でしたし、なんだったら、自分は両親に対してかなり冷めた気持ちを持っていました。そして、その気持ちはそれ以降ずっと続いてきました。



つまり、自分は幼い頃より両親に対して日々の出来事や感情を全く伝えていませんでした。そして、逆に両親のその時々の気持ちも全く知らなかったのです。両親がその時々で両親の置かれている状況や気持ちを自分に語って聞かせる事など皆無でしたし、自分もまた両親という人間に対して全くもって興味が無かったからです。




まとめますと、自分と両親は20年以上一つ屋根の下に暮らし続けていたにも関わらず、日々の出来事や感情を全く共有してきていなかったのです。そんな両親に対して自分が大学で全く人間関係を作れていない事を「自己開示」するのはかなり辛い作業になる事が予想できました。親は自分のこれまでの人生を全く知りませんし、自分も親のこれまでの人生を全く知りません。そんな状態で自分の方だけが一方的に「自己開示」するのは、すごく損な気持ちでした。何故自分の方だけが一方的に「自分の弱味」を見せなければならないのでしょう。




この様に、自分は休学の本当の理由を親に言う事にかなりの抵抗感を感じていました。そこで思い付いた2番目の理由は、


「休学したらカウンセリングに通いたいから、休学させて欲しい。」


です。この2番目の理由で親が納得してくれるなら、本当の理由は言わずに済みます。そして、カウンセリングに通いたいのは自分の本心でしたので、嘘は言っていません。まぁでも今から考えると、この2番目の理由って厳密に言うと休学の理由を言ってはいないんですよね。カウンセリングに通うのは休学が決まってからの話であり、「未来」の話です。そして、この2番目の理由は何故休学するのか、という「過去」には一切触れていません。ですからこの2番目の理由は「過去」には触れずに「未来」を理由として使っているのです。これは理由としては弱かったと思います。



そんな感じで自分は迷っていたのですが、そうこうしているうちに、暦は3月下旬に入りました。もうそろそろ両親から休学の了承を得ないと、4月からの休学に間に合いません。とりあえず自分は2番目の理由を親に言ってみて、様子を伺おうと思いました。そこから先の事は白紙でしたね。ぶっつけ本番な感じがありました。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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