鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

社会生活から脱落しかけているし、家庭内でも孤立し始める(過去編・2003年7月・27歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「妹に彼氏が出来て大ショック(過去編・2003年7月・27歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が妹とコミュニケーションを取らなくなっていった経緯について考えてみました。今回の記事でも改めてその経緯を書いていきます。自分は2つ目の大学への復学に失敗した後、再起をかけた古本屋バイトでも挫折し続け、いよいよ社会生活からの脱落が近付いていました。(2003年7月頃・27歳)当時の自分の心身は「鬱の廃人」状態に陥っており、さらにそれは更なる挫折を経て、ますます悪化している状態でもあったのです。ではここで当時自分が発症していた10個の鬱の諸症状のコピペを貼りたいと思います。いつもご覧の方はスルーして下さい。



「大学空手部引退後の10個の鬱の諸症状」(=「鬱の廃人」状態)


①空手部を引退後、『翌日の空手部の稽古が恐ろしくて眠れない』という状況は無くなった。しかし、空手部の3年間で受けた精神的ダメージは少なくとも「中指の拷問」2回分。これにより脳の一部が破壊された感がある。よって、空手部引退後も破壊された脳は元に戻らず、睡眠の不安定さはそのまま残った。(中指の拷問の詳細はこちら。記事の前半は読み飛ばして下さい。「そんな日々が3日程続いた後、、」という段落から始まります。)

②食欲の完全消失(大学時代の鬱の諸症状)

③酷いめまいと離人感(〜離人感と冷え性〜)

④酷い冷え性(〜離人感と冷え性〜)

⑤高校時代と比べて3倍酷くなった慢性的な疲労感と眠気。背中の疲労感は余りにも酷く、それは「疲労感」というより「激痛」という方が妥当。例えるなら「背中をナイフで刺され続けている感じ」。(〜慢性的な疲労感と眠気〜)

⑥自殺願望の頻発(〜自殺願望と救い〜)

⑦何が理由かは全く分からないのだけれど、大学にいる時の自分は、身体がいつも疲れ切っていて眠くて仕方なく、いつも泣きそうなくらい悲しい

⑧慢性的な口内炎

⑨自分は大学空手部の3年間でさらに「自分に対する自信」をさらに3倍失っていた。そして、自分の頭の中には依然として「トレーニング=体力が付く=自信が付く」という図式が色濃く残っており、この図式が自分にも当てはまると相変わらず信じていた。そこで、空手部を引退し、人間サンドバッグの恐怖が無くなったにも関わらず、「自分に対する自信」を回復させる為に自主練をを続けてしまった。(トレーニングの内容は、ランニング、坂道ダッシュ、縄跳び、筋トレなどで、1時間程度のトレーニング。頻度は週3回。)


しかし、空手部の頃と同様にトレーニングを積み重ねても一向に体力が増える実感が得られない。トレーニング翌日に体調が滅茶苦茶に崩れるだけ。翌日目が覚めると自分の身体はとても重くてダルく、身体は冷え切っていて、鼻水はダラダラ。食欲は当然全く無く、背中の疲労感は疲労感というより激痛。故にトレーニングすればする程、自分の中にはさらに「孤独感」「脱力感」「無力感」「虚無感」が増えていき、これが更なる自殺願望へと繋がっていった。そして当時の自分はトレーニングをすればする程心身が衰弱していく悪魔のからくりに全く気付いていない。体調が少し回復すると、またトレーニングをしてしまう。このトレーニング行為は「無意識的な全力の自傷行為」とも言える。


10 大学空手部の3年間で「自分に対する自信」がさらに3倍失われた事で、「被害妄想」もさらに3倍悪化。自分は大学生活の中で何をしていても全く自信が持てず、常に他人の視線を気にし、病的(×3倍)に「ビクビク」「オドオド」している状態。もはや自分にとって「自分という存在の価値」は、髪の毛一本より軽くなっている感じで、いつ他人から軽んじられ、無根拠に攻撃されても全くおかしくないような、そんな凄まじい緊張感の中で日々を送る羽目に。こんな状態では、完全に社会生活は不可能。


おまけ:サークル活動を始めとする様々なモノに挑戦している時の自分の体調


『こんな状態(鬱の廃人状態)じゃどこ行ったって、グダグダです。どこ行っても、「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」の激痛が自分を襲ってくるのですから。加えて、冷え性も酷くて鼻水ダラダラ、めまいも頻発です。自分の意識の95%はそれらの精神的・肉体的苦痛に占領されており、集中力や意欲の欠片もありません。この状態は特に上記⑨のトレーニングの翌日が酷かった記憶です。』




このような状態でまともな社会生活が営めるはずがありません。2つ目の大学において、自分は上記の肉体的苦痛で意識朦朧としていましたし、「被害妄想」も病的(×3倍)に酷い状態でした。自分は大学を1年休学した後、復学しますがそれも3ヶ月で挫折。その後再起を賭けた古本屋バイトでも挫折し続け、ますます「自分に対する自信」を失っていったのです。



一方、その頃妹の方の生活はどうだったのか、という話です。自分が大学復学に失敗し、古本屋バイトでも挫折し続けていた頃、妹の方は海外に1ヶ月間ホームステイしたり、新しい彼氏が出来たりと充実した日々を送っているようでした。自分は妹に対して一時「引きこもり仲間」のような仲間意識を持っていたのですが、大学復学後はどんどん妹が自分から離れていくように思え、妹に対して激しい劣等感を抱くようになっていったのです。



また、妹は自分と違って母親とコミュニケーションを取り続けていましたから、そこでの憎しみも発生していました。自分はこの頃になると母親に対して「殺したい」程の憎しみを抱いていたのですが、そんな母親とコミュニケーションを取り続ける妹の事が許せなかったのです。自分が母親に対して「殺したい」程の憎しみを抱く経緯についてはこちらをお読み下さい。



このように自分は古本屋バイトで挫折し続け、それと同時並行で妹に対して凄まじい憎しみと劣等感を感じるようになっていきました。そして、母親に対しては「殺したい」程の憎しみを感じていました。当然この2人とコミュニケーションなど取る気になりません。特に母親に対してはすれ違うだけでも反吐が出るような状態でしたからね。この頃の自分は社会生活から脱落しかけていたのですが、同時に家の中でも孤立し始めた、という事になります。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!



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