鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

自分の過去を振り返ると視界0mの超濃霧に覆われ、何も見えない(過去編・2004年3月・28歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「ノートによるセルフカウンセリング開始(過去編・2004年3月・28歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が両親との会話に見切りをつけ、「ノート」に賭けてみる気持ちになっていった話でした。当時の自分は2つ目の大学はすでに退学し、最後に残った古本屋バイトからも脱落寸前になっていました。この古本屋バイトはものすごく緩いバイトでしたから、ここが駄目なら他にやれそうなバイトはありません。いよいよ自分が社会生活から脱落し、引きこもりになる日が近付きつつありました。そんな中でこんな疑問が自分の中に浮かび上がったのです。


「何故に自分の人生はどこにも居場所が作れず、社会から脱落する羽目になってしまったのか??」


この疑問は切実な疑問でした。自分はこの謎を解きたくて解きたくてたまりませんでした。だって本当に不思議でたまらなかったのです。自分はこれまで様々な場所で自分なりにただただ必死に頑張って来ました。しかし、結局どこにも居場所は作れず、社会から脱落しようとしていたのです。さらには家族関係からも脱落していました。あの頃の自分の気持ちはこんな感じです。


「どうしてこんな事になっちまったんだ、、」


そう、小学生頃の自分は、自分も人並みの人生を送れると思っていました。ところが気付いてみれば、高校、大学とどこにも居場所は作れず、様々な肉体的・精神的ダメージに七転八倒した挙句、社会や家族関係から完全脱落しようとしていたのです。



自分は高校時代以降、学校生活において同性の友達は全く出来ませんでしたし、彼女どころか女の子の友達すら小学校以来出来ていませんでした。自分は自分のコミュニケーション能力の改善を目指して、空手部に入ったり、必死にトレーニングもして来ましたが、それも全く意味を為さなかったのです。何故に自分の「一生懸命」が全く報われなかったのか、自分は不思議で仕方ありませんでした。



最初自分はその謎を両親との会話で解こうとしましたが、それは全く話になりませんでした。そこで1ヶ月くらいで両親との会話に見切りをつけ、「ノート」に活路を見出したのです。全てを失った自分に残っていたものは、「ノートを書く」という行為だけだった、とも言えます。



自分はノートに過去の記憶を洗いざらい書いていき、そこからその謎を解いていこうと思いました。自分はこれまでの6年間で「現在の自分の状況や気持ち」を詳細にノートに書いて来ており、そこでの「自己表現」には手応えを感じていました。「現在」が詳細に書けるならば、「過去」に関しても「詳細に自己表現」出来るはずです。そして、過去の記憶を全て詳細に言語化出来ればあの謎も解けるはずです。



自分はそれまでの6年間で「過去の事」をノートに書いた事は全くありませんでした。現在の自分の状況や辛さを書くので手一杯でしたからね。しかし、考えてみれば「現在の事」を書けるならば、「過去の事」も書けるはずです。自分は早速自分の過去をノートに書くべく机に向かいました。そして、ノートを開き自分の過去を振り返ろうとしました。



ところがそこで愕然としたのです。何故なら、自分の後ろ(過去)が「真っ白な視界0mの超濃霧」に覆われていて、自分の後ろ(過去)が全く見えなくなっていたのです。その時の自分の気持ちはこんな感じです。


「えっ???自分がこれまでどうやって生きてきたのか、過去が全く見えない!!」



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!




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