鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーション、発達障害について

30年間鬱と闘病した46歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。引きこもり歴15年、就職経験無し、発達障害歴&彼女いない歴45年。ツイッターを@skipper1242でやってましたが凍結されましたので、現在は@skipper954954でやってます。

引きこもり期間中の9個の鬱の諸症状(過去編・2005年1月・29歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「 「父親突入事件」まとめ〜引きこもり中の鬱の諸症状⑨(過去編・2005年1月・29歳) 」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が引きこもっている時期に起きた「父親突入事件」についてまとめてみました。この時の自分は、29歳です。全ての社会生活と家族関係から脱落し、部屋に引きこもって過去の記憶をノートにひたすら書く日々を過ごしていました。



そして、部屋に引きこもってから半年後くらいに「父親突入事件」が起きました。この事件により自分は甚大な精神的ダメージを負う事となりました。そのダメージの内訳は以下の通りになります。前回の記事でまとめたものになります。



「父親突入事件で受けた精神的ダメージ」


①そもそも自分は事件前から父親に対して「殺したい」程の憎しみを感じていた。1年半前に起きた「尿管結石事件」、その事件における父親の言い放った血も凍る様な暴言を忘れるはずがない。また、自分は幼い頃から父親に対して何の愛情も信頼も感じないまま年齢を重ねていた。父親は幼い自分に対してひたすら無関心であったので、自分の中に遊んで貰った記憶や楽しかった記憶が皆無。自分にとって父親は「お金を稼いでくる透明人間」だった。



②部屋に引きこもってから半年後くらい経つと、父親がドア越しに「〇〇(自分の名前)部屋で何やってるんだ???」と声を掛けてきた。自分は問い掛けを聞き、はらわたが煮え繰り返った。その理由は①の通り。自分にとって父親は幼い頃から「父親」ではなく「お金を稼いでくる透明人間」であったし、「尿管結石事件」での暴言によって「殺したい」程の憎しみを感じる相手になっていた。そんな父親が父親ズラして自分に問い掛けてくるのが、はらわたが煮え繰り返って仕方がない。自分は当然の如く問い掛けをガン無視。



③その父親からの問い掛けは日を置いて3〜4回続き、自分はその度ごとにはらわたが煮え繰り返っていた。ある日憎しみが限界を超え、自分は問い掛けに対して「うっせぇ!!!俺は俺でやってるんだからほっとけ!!!」と怒鳴った。それに対して父親も怒鳴り返してきて、3〜4回怒鳴り合いが続いた。すると、父親は「お前はホントに何をやってるんだ!!!」と怒鳴り、ドアを開けて、自分の部屋に突入してこようとした。もちろん父親を部屋に入れる訳にはいかない。自分は必死にドアを押さえ、父親が入って来れないようにした。そんなドア越しの押し合いが5分程続き、結局父親は諦めて去っていった。



④事件後の自分の心の中は超パニック状態に陥った。まず発生したのは、凄まじい殺意の嵐。事件前から自分にとって父親は「殺したい」程憎い存在だったのだが、そんな父親が無理矢理自分の部屋に入ろうとしてきたのだ。その行動に対する殺意の衝動は凄まじいものがあった。


⑤一方自分の心の中には、凄まじい恐怖感も発生していた。今回の事で父親の邪悪な意志が確認出来た以上、いつまた同じ様な事態が発生するか分からない。今後もしかしたら自分が寝ている時に父親が部屋に突入してくるかもしれない。さらに当時の自分は被害妄想が病的(×6倍)に激しくなっていた為、物事を究極的に悪く考える癖が付いていた。よって寝ている時に父親が部屋に突入してきて、自分は殺されるのではないか、という被害妄想も発生した。これにより布団に入ってから寝付くまでの時間が1時間から1時間半に伸びた。また、寝付いたとしても極度に睡眠は浅く、ほとんど疲労感が取れていない状態。




ではここで上記の「父親突入事件」も踏まえた上で、「引きこもり時期の鬱の諸症状」をまとめたいと思います。「父親突入事件」は⑨の項目になります。①〜⑧はこれまでの記事でまとめたものからの引用です。



「引きこもり時期の9個の鬱の諸症状」


①当時の自分は睡眠を取っても取っても酷い疲労感が全く取れず、睡眠への欲求が底無しになっていた。自分にとって睡眠は、自分の生命と同じ価値を持っており、「睡眠を妨害される」=「生命を激しく傷付けられる」となっていた。故に自分の睡眠を妨害する可能性のある音に対して、「病的(×6倍)な怯え」と「病的(×6倍)な憎しみ」を感じる事に。


そして、実際に自分が睡眠を取ろうと布団の中に入ると、瞼を閉じた途端、上記の怯えと憎しみに襲われてしまい。全く眠る事が出来ない。実際にはまだ「睡眠を妨害する音」は発生していないのだが、その発生を先取りして考えてしまい、予期不安(予期憎悪)が発生。これにより自分の身体は恐怖と緊張でガチガチに強ばり、冷や汗ダラダラで覚醒してしまう。睡眠を取る際には毎回1時間、この恐怖と緊張に必死に耐え続けないと、寝付く事が出来なかった。


また、当時の自分は睡眠への欲求が底無しになっており、身体が無限に睡眠を要求していた。しかし、いざ実際に睡眠を取ろうとすると、上記の如く「病的(×6倍)な怯え」と「病的(×6倍)な憎しみ」に襲われ、全く寝付く事が出来ない。身体は無限に睡眠を欲しているにも関わらず、いざ睡眠を取ろうとすると、耐え難い精神的苦痛に襲われてしまう。これは自分の身体の中で起こっていた「激し過ぎる自己矛盾」であり、これによるメンタルダメージも甚大だった。



②引きこもり中も相変わらず食欲は完全消失していた。記憶のサルベージ(言語化)によって言語化される記憶のほとんどはトラウマであり、「記憶のサルベージ」=「トラウマの再体験」と言って良い。そして、トラウマを再体験すればする程、自分の胃は10kgの鉛を飲んだように重くなっていった。こんな状態で食欲が湧くはずがない。


③酷い冷え性は大学空手部時代と比べてさらに2倍悪化。それ故異常に風邪を引きやすくなっており、風呂にも入れない。頭がどうしても痒くなった時に月に1度シャンプーするくらい。湯船に入る体力は無い。また、眠る時には服を5〜6枚重ね着し、布団を6〜7枚掛け、さらにその上にいらない服を6〜7枚載せないと寒くて眠る事が出来ない。しかもこの状態で①の精神的苦痛に襲われ続け、汗をダラダラ流しながら、2〜3時間布団の中で耐えねばならなかった。


④ 大学空手部時代と比べて慢性的な背中の激痛と眠気は2倍に悪化していたのだが、これらは部屋に引きこもっている1年間はそれほどの苦痛にはならなかった。本当にこれらがキツかったのは引きこもり明けのパチンコで稼いでいる時期。パチンコを打っている間、これらの肉体的苦痛がホント辛くて仕方なく、その肉体的苦痛で意識朦朧としながらパチンコを打っていた。


⑤自殺願望も大学空手部時代に比べて2倍悪化していた。社会生活と家族関係から完全脱落し、体調も「鬱の廃人」×2倍状態に陥っている自分にとって、ますます自殺願望だけが唯一の心の支えとなっていた。

ただし一方では「記憶のサルベージ(言語化)を終わるまでは絶対に死ねない!!」との思いも強かった。自分はこの疑問の答えを心の底から切実に欲していた。


「何故に自分の人生はどこにも居場所が作れず、社会から脱落する羽目になってしまったのか??」


故に「記憶のサルベージ(言語化)が終わるまでは死んでも死に切れない」との思いもあった。つまり当時の自分は自殺願望に関しても両価的(自己矛盾)だったと言える。


⑥慢性的な口内炎


⑦自分は空手部引退後の6年間、トレーニングに対しても挫折し続けていた。やってもやっても体調を壊すばかりだった為、次第にトレーニングの強度は落ちていった。引きこもり期間に入ると、もはやそれはトレーニングではなく、30分間の散歩になっていた。しかし、それでも翌日の体調は壊れてしまう。自分はその状態にかなりの情けなさを感じていた。


⑧当時の自分は、サッカーの日本代表戦に溢れ返る殺意を感じていた。その理由は以下の5つ。


❶ノートにひたすら過去のトラウマを書いていく事で感じるストレス。それは空手部時代を始めとする数々のトラウマを再体験するという事であり、これだけでも発狂もののストレス。


❷当時の自分は母親と妹に対して「殺したい」程の憎しみを感じていた。そんな母親と妹が仲良さげにサッカーを見ている事が許せない。


❸自分は全ての社会生活と家族関係から脱落して、ひたすらトラウマと向かい合っていた。一方、母親と妹はお気楽にサッカーを楽しんでいる。この格差に対する凄まじい憎しみ。


❹深夜の時間帯(1時以降)に騒がれることに対する憎しみ。普段この時間帯は、他の家族は寝ていて、自分一人だけの落ち着く時間帯。その落ち着く時間帯を土足で荒らされているような激しい憎しみ。


❺自分が全ての社会生活と家族関係から脱落し、ひたすら過去のトラウマをノートに書いている時に、日本全国が日本戦の話でお祭り騒ぎになっている。それに対する悲しさと孤立感と絶望感。



⑨部屋に引きこもってから半年後くらいに「父親突入事件」が発生。この事件によりさらに甚大な精神的ダメージを受ける事となった。その精神的ダメージの内訳は以下の5つ。

「父親突入事件で受けた精神的ダメージ」


❶そもそも自分は事件前から父親に対して「殺したい」程の憎しみを感じていた。1年半前に起きた「尿管結石事件」、その事件における父親の言い放った血も凍る様な暴言を忘れるはずがない。また、自分は幼い頃から父親に対して何の愛情も信頼も感じないまま年齢を重ねていた。父親は幼い自分に対してひたすら無関心であったので、自分の中に遊んで貰った記憶や楽しかった記憶が皆無。自分にとって父親は「お金を稼いでくる透明人間」だった。



❷部屋に引きこもってから半年後くらい経つと、父親がドア越しに「〇〇(自分の名前)部屋で何やってるんだ???」と声を掛けてきた。自分は問い掛けを聞き、はらわたが煮え繰り返った。その理由は①の通り。自分にとって父親は幼い頃から「父親」ではなく「お金を稼いでくる透明人間」であったし、「尿管結石事件」での暴言によって「殺したい」程の憎しみを感じる相手になっていた。そんな父親が父親ズラして自分に問い掛けてくるのが、はらわたが煮え繰り返って仕方がない。自分は当然の如く問い掛けをガン無視。



❸その父親からの問い掛けは日を置いて3〜4回続き、自分はその度ごとにはらわたが煮え繰り返っていた。ある日自分は憎しみが限界を超え、問い掛けに対して「うっせぇ!!!俺は俺でやってるんだからほっとけ!!!」と怒鳴った。それに対して父親も怒鳴り返してきて、3〜4回怒鳴り合いが続いた。すると、父親は「お前はホントに何をやってるんだ!!!」と怒鳴り、ドアを開けて、自分の部屋に突入してこようとした。もちろん父親を部屋に入れる訳にはいかない。自分は必死にドアを押さえ、父親が入って来れないようにした。そんなドア越しの押し合いが5分程続き、結局父親は諦めて去っていった。



❹事件後の自分の心の中は超パニック状態に陥った。まず発生したのは、凄まじい殺意の嵐。事件前から自分にとって父親は「殺したい」程憎い存在だったのだが、そんな父親が無理矢理自分の部屋に入ろうとしてきたのだ。その行動に対する殺意の衝動は凄まじいものがあった。


❺一方自分の心の中には、凄まじい恐怖感も発生していた。今回の事で父親のそういう邪悪な意志が確認出来た以上、いつまた同じ様な事態が発生するか分からない。今後もしかしたら自分が寝ている時に父親が部屋に突入してくるかもしれない。さらに当時の自分は被害妄想が病的(×6倍)に激しくなっていた為、物事を究極的に悪く考える癖が付いていた。よって寝ている時に父親が部屋に突入してきて、自分は殺されるのではないか、という被害妄想が発生した。ただでさえ自分は①の被害妄想により、布団に入ってから寝付くまでに1時間かかるようになっていた。そこに加えてさらに新たな被害妄想が発生した為、寝付くまでの時間が1時間から1時間半に伸びた。また、寝付けたとしても極度に睡眠は浅く、ほとんど疲労感が取れていない状態。


よくまとまりました!素晴らしい。これで「引きこもり時期の鬱の諸症状」が完成です。それぞれの項目がどんな症状を表しているのか、短くまとめてみます。


①被害妄想による寝付きの酷さ

②食欲消失

③酷過ぎる冷え性

④慢性的な背中の激痛と眠気

⑤自殺願望の悪化

⑥慢性的な口内炎

⑦散歩を30分しただけで翌日の体調がぶっ壊れる。

⑧サッカーの日本代表戦に感じる溢れ返る殺意

⑨「父親突入事件」絡みの精神的ダメージと被害妄想


いいですね!上記の①〜⑨の諸症状の中で、被害妄想絡みの症状は、①、⑧、⑨といった感じです。当時の自分は病的(×6倍)な被害妄想を発症していましたから、これ絡みの精神的ダメージがホントにキツかった記憶です。



ここ最近このブログでは自分の引きこもり時期の鬱の諸症状について書いてきましたが、ようやくこれでまとめ終わったな、という感じです。それにしても引きこもり当時のカオス過ぎる精神状態をよく整理出来たと思います。自分で自分を褒めてあげたいw




付け足し:この記事を書いた時点ではまだ言語化出来ていなかった症状がありました。それは冷え性と被害妄想に絡んだ睡眠後の症状です。その症状は以下の通りになります。


当時の自分の体調は、冷え性も病的に悪化しており、真夏日でも部屋の中でエアコンを付ける事が出来なかった。もしベッドで横になっている時にエアコンを付ければ、必ず寝冷えしてしまう。エアコンの設定温度を30度に設定したとしても、寝覚めると身体は氷のように凍え切っており、鼻水はダラダラ、身体は100kgの重りを背負っているかのよう。故に自分は真夏日でもエアコンや扇風機や窓を開けずに眠るしか無かった。(住んでいる場所は神奈川)


当時の睡眠時間は昼夜逆転していたので、自分は真夏日の昼間に室温50度くらいの中で汗をダラダラ流しながら、眠らざるを得ない。そして、2〜3時間睡眠をとり、意識が覚醒したととしても、瞼が全く開かない。故にベッドから身体を起こす事が出来ない。自分はそこからさらにダラダラ汗を流しながら、1〜2時間ベッドに磔(はりつけ)状態。この時の虚脱感や消耗感や絶望感は致命的なものがあった。



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!




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