鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

ブログを書く=トラウマの再体験(過去編・2005年9月・29歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「 カウンセリング&パチンコ生活に感じていたやり甲斐と希望(過去編・2005年9月・29歳) 」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、29歳の自分が、カウンセリング&パチンコ生活に対してかつてないやる気と希望を感じていた、という話でした。時期的には2005年9月〜10月の話になります。自分の人生において、あれ程までに充実した日々は後にも先にもこの2ヶ月だけです。言い換えますとこの素晴らしい日々はたった2ヶ月で終わってしまったのです。ここから先自分の人生は一気に急降下していき、地獄の底の底に叩きつけられる事になります。



ここから先どういう事が起こったのか概略を書きますと、この頃から両親が家の引っ越しを言い出したのです。当時の自分はただでさえ両親に対して「殺したい」程の憎しみを感じていましたから、それに乗る事など全く考えられませんでした。自分は両親に対して絶対反対の態度を示したのですが、両親はそれを無視して引っ越しを決行し、自分の心身は凄まじい怒りと絶望に包まれました。それによってさらに鬱が悪化していった、という流れになります。



以前の記事でここら辺の話は詳細に書かせて貰いましたが、改めてここら辺の経緯を書く事になりそうです。正直ここらの話は自分の鬱が最も酷かった時代の話であり、書くのがかなりおっくうだったりします。ここら辺の時代を詳細に書くという事は、「トラウマの再体験」に他なりませんからね。ただおっくうだからこそ書かなければならないのだ、とも思います。思い出すのも嫌な事を言語化する事が、「トラウマの再体験」ですからね。



そして、自分にとってこの「トラウマの再体験」は始めるまでまでは本当におっくうで嫌なものですが、終わってみるとスッキリしているのが常です。自分はこれまでにも「トラウマの再体験」を幾度なく繰り返しており、それにより人生が好転してきているという確かな手応えもあったりします。



という訳で、かなりおっくうな気持ちはあるのですが、次回の記事から引っ越しの件りを書いていこうと思います。この引っ越しの件りと、引っ越しの後日談を書き終えれば、いよいよ自分が最も書きたかった時代に突入出来ます。そこを目指して書いて行こうと思います!



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!




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